第12話






   12話






 「すごかったですー!イルカってすごいんですねー……。」



 イルカのショーの余韻に浸りながら、黒葉は感嘆の声を上げていた。


 

 「イルカのショー見たことなかったのか?」

 「そうですね。水族館は小学校の遠足で行きましたが、それからは行ったことがないので。」

 「………そうか。なら良かったな。」



 水族館に行ったのが遠足だけとは珍しいだろう。

 家族で行く事もあれば、友達や恋人と行く事も多い定番スポットだ。

 家族の事は、ここに居たいと言われた時に家族とは何かあるのかと思っていたので、深く聞くことは躊躇われた。それに、恋人も葵音にファーストキスだと言った事から、恋人もいなかったのだろうとわかる。

 美人で家事もできて、性格も問題ない。少し問題があるとすれば、ミステリアスすぎる所ぐらいだろう。

 友達がいないというのも、何となく聞きにくい。


 そうなると、無難な言葉しかかけられなかった。



 「イルカはとっても頭がよくて、鏡を見ても自分だとわかるし、他のイルカとのコミュニケーションも取れるって言ってましたね。」

 「だから、あんな事が出来るんだろうな。」

 「いいな………生まれ変わったらイルカになりたいな。そしたら、葵音さんの事もわかるし、お話も出来るし、一緒に海を泳げるんですよね。」

 「俺もイルカになるのか……?」

 「はい!嫌ですか?」

 「………それもいいかもな。」



 温かい海の中で自由気ままに泳ぐのも悪くない。そんな事を想像しながら、葵音はつい笑ってしまった。



 「あ!おみやげやさんがあります。見て行ってもいいですか?」

 「あぁ。」



 葵音が頷くと、黒葉は嬉しそうにニコニコと品物を見始めた。

 やはりイルカの物が気になるようで、ぬいぐるみやイルカのチャームの付いたペンなどを見ている。

 けれど、何も買わないで戻ってきてしまった。



 「何も買わないのか?」

 「はい。見れただけでも嬉しいので……それに、お金を貯めてるのです。」

 「何が欲しい?プレゼントする。」

 「え……いいです!いつもよくしてもらってるのに……。」

 「いいから。イルカのぬいぐるみにするか。ほら、可愛いだろ。白イルカもいるぞ。どっちがいい?」

 「…………イルカのショーにいたのがいいです。」

 「よし、素直でよろしい。待ってろ。」



 葵音は、そのふわふわとしたイルカの人形を持ち会計に持っていく。

 これぐらいで、彼女が喜んでくれるのだ。安い買い物だろう。



 「お客様、カップルでのご来場ですよね?」

 「え………あぁ………。」



 突然会計のスタッフにそう言われて、葵音は言葉を濁してしまう。すると、スタッフはニッコリと笑い「キャンペーン中でしたので、こちらもプレゼント致しますね。」と、何かを袋に入れてくれた。


 よくわからないまま、それを受け取り黒葉の元に戻った。



 「はい。おまえのだ。」

 「………ありがとうございます、葵音さん!」



 葵音から袋を受けとると、黒葉はギュッとぬいぐるみの入った袋を抱き締めて、とても嬉しそうに笑っていた。

 彼女の好きな物が星以外でも見つかった事が、何よりの収穫だと葵音は思った。


 







 「隣にショッピングセンターとかレストランあるみたいだな。行ってみるか。」

 「……そうですね。お腹空きましたね。」



 葵音は黒葉の手を繋ぎながら歩き始める。

 レストランに向かう途中で、若者向けのショップが並んでいるところがあった。黒葉にも似合いそうなものがたくさんあった。



 「そういえば、黒葉。洋服はいいのか?春になったし増やした方がいいんじゃないか?」

 「今ので大丈夫です。必要になったら買おうとは思ってますけど……。」

 「ほら、あの白いワンピースなんて似合いそうだそ。肌も白いし………。」



 葵音がトルソーが着ている白いシンプルなワンピースを指差してそう言うと、黒葉の顔色が変わった。



 「白いワンピースはダメですっ!!」


 

 黒葉は大きな声を出し、真っ青になって葵音の言葉を拒否した。

 葵音は、彼女の突然の反応に戸惑い、唖然としてしてしまう。

 周りを歩いていた人達も、大きな声に驚いてこちらをちらちらと見ている。



 「おい……どうしたんだ?」

 「あっ………あの、私……………。」



 繋いだ手が震えているのがわかり、葵音は驚いてしまう。彼女の手を引いて、近くのベンチに座らせた。



 「黒葉………、急にどうしたんだ?何か嫌なことがあるのか?」

 


 顔色が悪いまま、俯いている彼女の顔を除き込む。

 ただ彼女は小さく震えている。


 葵音は、彼女の手を握りしめたまま、何も言わずに彼女の隣りに座っていた。

 今は何を聞いてもダメなんだろうと、葵音は思い、彼女が落ち着くのを待っていた。



 やはり、黒葉には何か怯えるもの、そして話せない秘密があるのだと改めてわかった。

 それが気にならないと言ったら嘘になるけれど、黒葉が伝えたくないのだから無理に聞けるはずもなかった。

 それに、彼女との関係は、ただの家政婦と雇い主というだけなのだ。

 恋人でもない黒葉の秘密に、触れることなど出来るはずもなかった。


 だからこそ、自分の隣にいる時ぐらいは笑っていられるようにしたい、そんな風に思っていた。

 けれど、その気持ちを少しずつ変わり始めていた。

 ………黒葉にもっと近づきたい。

 彼女が悲しむ理由を知りたいと。




 震えも止まり、落ち着いてきた黒葉を見つめて、葵音はホッと小さく息を吐いた。


 すると、黒葉がボソッと呟くように小さく言葉を発した。



 「白いワンピースは嫌いです。」

 「………そうだったのか。悪かったな。」



 泣きそうな声でそう言った黒葉を、葵音は優しい言葉で受け止めて、頭を撫でた。



 「俺は似合うと思ってんだ。真っ白な服が……だから、そうだな………夏にでも着てみてくれ。おまえが嫌なら無理はしなくてもいいけどな。それを来て、また水族館にイルカを見に行こう。」

 「………はい。」



 黒葉は、葵音の顔を見ようとせずにただ呆然と下を見つめたまま、返事をした。

 けれど、持っていたイルカのぬいぐるみの袋を強く握りしめているのを見て、葵音はこっそりと微笑んだ。



 「さ、お腹空いただろ。ハンバーガーでも食べないか。」

 「………はい。」



 やっと葵音を見た黒葉の顔には困り顔だったけれど、少しだけ元気が出たように見えた。

 彼女の手にあったイルカのぬいぐるみのお陰のようだった。




 そして、レストランに向かっている時だった。



 「あれ?葵音………!?」

 「…………累っ!」



 そこにいたのは、黒髪を肩ぐらいまで伸ばし、後ろで結んでいる、切れ長の瞳の男だった。葵音よりも背が高くやせ形で、白いワイシャツに黒いズボン、そしてロングのカーディガンを着ている。

 モデル体型の彼は、とても目立っていた。 

 そして、その男は葵音の古い友人で、親友と呼べる男だった。



 「相変わらず目立つな、おまえは。」

 「そんな事はないよ。お2人さんの方が目立っていると思うよ。………で、その美人さんを紹介してくれるのかな。」

 「………したくないが、しないとお前は調べるだろうからな。」

 「正解ー。」



 葵音はため息をつきながら、後ろを振り向く。黒葉は、少し緊張した表情で2人のやり取りを見ていた。



 「黒葉。こいつは、俺の友達の累だ。まぁ、親友みたいなもんだな。そして、有名な占い師でもある。」

 「よろしくね、黒葉ちゃん。」

 「う、占い師…………。」




 それを聞くと、黒葉はとても顔をして、少しの間固まってしまったのだった。


 



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