第11話
11話
「すごいですね!照明と水でキラキラ光ってますー!」
ある夜、葵音と黒葉がリビングでテレビを見ていると、黒葉があるCMを見て目を輝かせた。
それは、ここからも車で1時間もしないで行くことが出来る水族館のCMだった。
リニューアルオープンし、魚たちに無害な優しい光りで水槽やショーをライトアップし、華やかに見せるようになったというのだ。幻想的な雰囲気の館内が映されると、黒葉はうっとりとした表情で見つめていた。
ここに黒葉が来てから1ヶ月以上が経った。
けれど、彼女と出掛けるのはいつも近所のスーパーかあの湖の公園だけだった。
引きこもってばかりだったな、と葵音は思い黒葉に「ここに行ってみるか。」と声を掛けた。
彼女は甘え下手なのか、葵音におねだりをしたり、「○○がしたい。」など自分の気持ちを言うことはあまりなかった。
この間も、初めて給料を渡すと「本当に頂けるんですか!?………ありがとうございます。でも、居候みたいなものなのに、本当にすみません。」と言いなかなか受け取ろうとしなかった。
彼女は遠慮ばかりしてしまい、甘えてくるのは夜寝る時と、夜空を見てくる時だけだった。
そんな黒葉を可愛いと思いながらも、葵音は少し寂しいとも感じていた。
「え!?あ、行きたいという意味で行ったわけじゃないんです……。」
「じゃあ、行きたくないのか?」
「………それは………。」
言葉に詰まってしまう彼女を見て、本当は行きたいんだろうなと葵音は思った。やはり自分の気持ちを隠しているんだろう。
「リニューアルしてからは行ったことがないんだ。一緒に行かないか?」
「………はい!行ってみたいです!」
葵音が誘うと、子どものように嬉しそうにはしゃいでいた。
そして、すぐにスマホで水族館を検索しては「イルカのショーがあるんですね!」「クラゲの水槽も可愛いですよ。」などど、いろんな写真を見つけては葵音に見せてくれた。
そんなにも喜んでくれるとは思わず、葵音も彼女に気持ちと共感するように嬉しくなり、水族館に行く日を心待ちにするようになっていた。
しかし、その日はあっという間に訪れる事になった。
水族館の話しをしてから3日後。
仕事の打ち合わせが急遽キャンセルになり、その日の、予定が全てなくなってしまったのだ。
予定を前倒しして作業をする事を出来たが、葵音は黒葉との約束を優先させることにした。
「黒葉、今日の仕事がキャンセルになったから、水族館に行かないか?」
「水族館………行きたいです!」
黒葉は家事をしていた手を止めて、満面の笑みを向けた。
「平日だからそんなに混んでないだろうし、天気もいい。黒葉の準備が出来たら行こう。」
「はい!すぐに終わらせます!」
黒葉はパタパタと家事を終わらせて、自室に戻って支度をしていた。
葵音はその間、チケットをネットで購入したり、周辺のショップを見たりして時間を使った。
「すみません!お待たせしました。」
「いや、待ってないよ。」
部屋から出てきた黒葉は、葵音が初めて彼女を見かけた時と同じ服装だった。
白いブラウスに、紺の花柄のフレアスカートという格好。
彼女が葵音の家に来たときのバックは、大きかったもののたくさんの服が入れられるほどのものではなかった。
普段は、パンツスタイルで家事をしているけれど、出掛けるときはワンピースやこのスカートが多かったように思えた。
十分な給料を渡しているはずだが、彼女はほとんどお金を使っていないようなのだ。
時々、「おいしそうなケーキを買いました。」と葵音に買ってきてくれたりはするが、自分のものは、必要最低限で済ませている様子だった。
おしゃれをしたい年頃のはずなのに、貯めているんだと少し感心していた。
「よし、行こうか。今行けば、イルカのショーに間に合うぞ。」
「イルカ!楽しみです!」
跳び跳ねんばかりの喜び方に、葵音は思わずくくくっと声を出して笑ってしまう。
「葵音さん?」
「いや……まだ水族館にも着いてないのに楽しそうだなって思って。」
「葵音さんと初めての遠出ですよ?しかも、水族館!楽しみなんです。」
「そうか。」
葵音は彼女の頭をポンポンと撫でながら目を細めた。
彼女はなんて素直なのだろうか。彼女の純粋さがとても眩しく見えたのだ。
車で水族館に向かい、水族館に入ると、黒葉はただの女の子になっていた。
いつもは家事をして、不器用ながらジュエリーを作ろうとし、そして、星を見て泣きそうになる、不思議な女だった。けれど、ここにいるときは全てを忘れて楽しんでいる様子だった。
入場券をネットで買っていると「私が買う予定でした!」と怒ったり、水槽ひとつひとつの説明書きをじっくりと読んで「こんなにかわいいいのに他の魚を食べちゃうんですね。」と感心したり、「綺麗ですねー!」とキラキラした瞳で食い入るように見つめたり。水の中の世界を存分に楽しんでいた。
「イルカのショーはこっちでしょうか?」
「あ、黒葉……そっちは……。」
彼女が先に走り出した瞬間、団体客が通り、葵音と黒葉の間を通った。それに気づかずに彼女は奥へと行ってしまう。
「………あいつ、はしゃいでるのがいいが、迷子になるなよ……。」
と、足止めをされた場所でため息混じりに葵音が呟いた。
やっと道が通れるようになった頃には彼女の姿は見られなくなっていた。
「はぁー………イルカのショーのところに居るといいんだけどな。」
葵音は小走りで彼女がいるであろう場所へと向かった。
そんなに離れた場所ではなかったので、ショーを行う広場へはすぐに着いた。
すると入り口で、キョロキョロと周りを見たり、スマホを見ている黒葉の姿があった。
「黒葉。」
「あっ………葵音さん………。」
黒葉の前に葵音が立つと、泣きそうな顔をしながらこちらも見た。そして、安堵した顔を見せて、何度も頭を下げた。
「ごめんなさい!はしゃぎすぎました。……迷子になるなんて、恥ずかしいです。」
「黒葉、俺は別に怒ってない。」
「………そう、ですよね。葵音さんは、優しいから怒らないですよね。」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、ホッとした表情で持っていたスマホと地図をギュッと握りしめてた。
彼女は、なぜそんなにも怯えてしまうのか。
嫌われるのを極度に気にするところがある。
少し見失っただけで、怒るはずもないというのに。
先ほどのようにイキイキと笑ってほしい。
黒葉が安心する方法を葵音は1つ知っていた。
「ほら。……こんな大きな迷子は恥ずかしいだろ。」
彼女に向かって、手を差しのべる。
「まだイルカのショーには時間があるが、コーヒーでも飲みながら休憩して待っていようか。」
「はい……。」
はにかんだ黒葉の笑顔は、いつもの大人びた彼女とは全く違う、子どものように無邪気なものになる。
その笑顔が葵音を安心させるのだ。
いつもより少し温かくなった彼女の手を握って、安心しているのは自分なのかもしれないな、と葵音は思った。
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