第10話
10話
こちらを向いた彼女の瞳は、自分を見ずに遠くを見ていたように葵音は感じた。
葵音の方を向いた黒葉は、まだ何も言わずにポロポロと涙を流しているだけだった。
「黒葉、どうした?おい………。」
「…………葵音さん……?」
黒葉はボーッとした顔でこちらを見た後に、ハッとして、慌てて葵音に向かって頭を下げた始めた。
「ごめんなさい!待った勝手に家から出てしまって……。」
「………。」
葵音が怒っていると思ったのか、少しおどおどした表情でそう言うと彼女に、葵音がゆっくりと手を伸ばした。
そして、彼女の頭をそっと撫でた。
本当ならば怒るところなのだろう。
今までの自分ならばそうしていたと葵音は思う。
けれど、泣いている彼女が、とても小さくて幼い子どものように見えたのだ。
何故泣いていたのかなど、葵音にはわからなかった。
ただ、その涙が、黒葉の悲しみが、彼女から消えてなくなればいいのにと思ったのだ。
「葵音さん……。」
「どうしたんだ、こんな所に来て……。」
何で泣いているんだ?とは聞かなかった。
彼女が話したければ話すだろうと葵音は思った。
もしかしたら、泣いているところを見られたくなかったのかもと思ったのだ。
「今日は新月なんです。」
「あぁ、だからこんなに暗いのか。」
「……月がない日は、星が綺麗に見えるんです。だから、ここに見に来ました。」
葵音が彼女の頭から手を離すと黒葉は、寂しげに夜空を見上げた。
星空をわざわざこんな所まで見に来たのに、そんな顔をする意味があるのかと聞いてみたい気持ちを、葵音はぐっと堪えた。
「今日は暗すぎる。月があれば少しはここら辺も明るいんだほうけどな。」
「………月は嫌いです………光が眩しすぎるから。」
月があったら睨んでしまうのではないかというぐらいの強い言葉だった。
けれど、月の光がない夜空を悲しげに見つめる彼女の横顔は、また泣いてしまいそうに感じた。
葵音は黒葉の隣に寄り添うように座り、彼女が見ている夜空を共に見上げた。
「今度から、ここに来たいときは俺を起こせ。」
「え……でも……。」
「いいさ。こうやって夜の空気に触れて夜空を見つめているのもなかなかないし、いいデザインが浮かぶかもしれないからな。」
「………葵音さんは、忙しいんですから……しっかり寝てください。」
「おまえがいなくなると思ったら、安心して眠れない。」
「……ごめんなさい。」
黒葉は謝りながらも、どこか嬉しそうに微笑みながらそう言った。
「黒葉は、どうして星がそんなに好きなんだ?」
「………ずっと見せてくれるから。」
「え?」
その言葉の意味がわからずに聞き返すと、真剣だった表情がすぐにはにかみに変わり、「いつもキラキラしていて綺麗だからですよ。」と笑ったのだ。
まだ黒葉は自分に全てを話してくれないのだ。それがわかった瞬間だった。
彼女は何か秘密がある。
それは前から知っていたことだった。
けれど、黒葉との距離が少しは近くなったのかと思ってたが、全く変わっていないように葵音は感じてしまったのだ。
それなのに、彼女は自分に笑顔を向ける。
その矛盾が、葵音の気持ちをざわつかせた。
気づくと、彼女の名前を呼び、手を伸ばして顔を引き寄せていた。
「黒葉……。」
「はい?………っ………。」
彼女の無防備な表情が見えた。
けれど、それもすぐに見えなくなる。
彼女がとの距離が0になったからだ。
黒葉の柔らかくて少し冷たい唇の感触。
そして、サラサラとしたストレートの髪に、優しい香り。それらを感じながらも、葵音は冷静に彼女を見つめていた。
黒葉は驚き、体を硬直させたけれど、その後は葵音が与えるキスを受け入れていた。
うっすらと目を開けると、口づけに慣れていない黒葉はギュッと目を瞑っている。
その姿を見るのと、微笑ましくそして安心してしまい、葵音の肩の力も抜けてきた。
ゆっくりと体を離すと、黒葉は暗闇でもわかるぐらいに顔が真っ赤になっていた。
「………なんで急にキスしたんですか?」
「気まぐれだ。」
「なっ!!葵音さんは、悪い男の人みたいですっ!」
「それでも俺を気になってくれてるんだろう?」
「知りませんっ!」
プイッと背を向けて、黒葉は少し怒った様子を見せた。
けれど、葵音には恥ずかしさから来るものだとわかっていた。
葵音はゆっくりと立ち上がり、服についた砂や草を手で払いながら、「あー……眠くなってきたな。」と独り言のように言いながら体を伸ばした。
そして、黒葉に手を差し伸べした。
「ほら、黒葉。家に帰るぞ。」
葵音が、優しく声を掛けると黒葉は、少し怒った表情のまま葵音の方を向いた。
そして、差し出された手のひらを見つめた。
「ほら。手、繋がないのか?」
彼女の目の前に手を広げて差し出すと、その時には黒葉の顔に怒りの色は消えていた。
葵音の手に彼女の白くて細い手がゆっくりと添えられる。冷たくなった手を温めるように、葵音がぎゅっと握りしめると、黒葉は照れ笑いを浮かべた。
そのまま、立たせるように手を引っ張ると、黒葉もゆっくりと立ち上がった。
2人は手を繋いだまま、静まり返った夜道を歩いた。
黒葉は葵音の隣を歩き、そして葵音を見つめていた。
その視線に気づいた葵音は「どうした?」と彼女に問いかけた。
「葵音さん、帰って寝る時も手を繋いでいていいですか?」
「いいけど……どうしたんだ、急に。」
「……そうすれば素敵な夢が見れるような気がするんです。」
それは、怖い夢を見るからだろうか?
彼女が少し複雑な顔をしているのを、葵音が気づかないはずとなかった。「わかった。」と答えると、黒はは安心したようにホッと小さく息を吐いた。
葵音の部屋に戻った2人は手を繋ぎながら眠った。
けれど、葵音は不思議な夢を見たような気がした。
ハッと目を覚ました時に、瞳から一筋の涙が流れていた。
けれど、肝心の夢の内容は全く覚えておらず、目覚めた瞬間に溶けてなくなってしまったようだった。
隣りですやすやと眠る彼女を見つめる。
すると、険しい表情のまま葵音と同じように涙を流していたのだ。
黒葉の涙を指で優しく掬い、葵音は目を閉じた。
けれど、先程の夢の続きを見ることは出来なかった。
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