第9話
9話
その日は、どこか彼女の様子が違っていた。
黒葉が来てから約一ヶ月が経ったある日。
彼女は、呆然としている事が多かった。
いつもはテキパキと家事をこなす黒葉だったけれど、葵音が見ていると空を見つめて過ごす事が多かったのだ。
最近は葵音があげたシルバーアクセサリーの本を読んでいる事が多かったが、それもただ手に持っているだけで読むことはほとんどない。
「黒葉?」
「…………。」
「おい、黒葉っ!」
「あ、はい!あ、おやつの時間ですか?今日はまだ準備出来てなくて……。」
葵音が普段より大きな声で彼女を呼ぶと、黒葉は体をビクッとさせて意識をやっと、こちらに向けた。
葵音は、心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「どうした?体調でも悪いのか?」
「え………。そんなことないですよ?」
「………今日はボーッとしてるからな。何かあったのかと思ったんだ。」
「………すみません。少し、考え事をしていました。」
「ならいいけど。体調が悪くなったら休めよ。」
「ありがとうございます。」
そんな話しをしたのが昼間だったけれど、その後も黒葉は同じ状態で過ごしていたのだった。
葵音と黒葉は、同じベットで寝るようになっていた。もちろん、恋人のように触れ合う事などないが、黒葉が葵音にくっついてくるので、寄り添って眠ていた。
黒葉からファーストキスを貰ってからは、キスもする事などなかった。
恋人でもなく、夫婦でもない女と毎日共に寝るという関係は不思議だった。
けれど、隣から誰かの鼓動と熱を感じながら眠るというのはとても安心する事だと葵音は知ったように思った。
そして今日もいつもと同じように2人で寝ていた。
いつもスヤスヤと眠る彼女だけれど、「おやすみ。」と挨拶をしても、寝入る様子はなかった。今日はどうしたのだろうか?と心配しながらも、仕事の疲れからか、葵音は体を横にするとすぐに睡魔に襲われた。
普段とは違って、黒葉より前に葵音が寝てしまった。
ベットが軋んだ。
隣で眠る彼女が寝返りをうったのかだと思い、葵音はあまり気にせずに目を瞑ったまま寝ていた。
その少し後に少し布団の中に冷たい空気が入ってくるのを感じた。だが、葵音は何かの夢だと思い、その時もそのまま熟睡してしまった。
隣りに黒葉がいなくなったのに気づいたのは、彼女のぬくもりがなくなり布団の中が寒くなった頃だった。
「んっ………黒葉………?」
異変に気づいた葵音は、目を醒まして隣に寝ているはずの彼女がいなくなっている事に気づいた。彼女がいたはずの場所に触れると布団がすっかりとぬくもりを失っていた。
それと共に一気に頭が覚醒してきた葵音は、ベットから飛び起きた。
「黒葉……?………どこに行ったんだ。」
トイレに行ったわけではなさそうだと理解すると、葵音は彼女の部屋や台所、作業場や空き部屋を見て回った。けれど、彼女の姿はどこにもなかったのだ。
「また、勝手にいなくなったのか……?」
時計を見ると、夜中の1時を示していた。
ジャケットを羽織りスマホと鍵だけを持つと、葵音は玄関へと急いだ。
そこには、彼がいつも履いているスニーカーや革靴だけが置いてあり、黒葉の靴はなかった。
そして鍵は空いていた。
先程、彼女の部屋には荷物が置いたままになっていた。それを考えると、この家に帰ってこないという事はないと思う。
けれど、こんな夜中に彼女を一人外に行かせるわけには行かなかった。
何かあったのか。
今、彼女はどこにいて、怖い思いをしているのではないか。
そんな事を考えてしまうと焦る気持ちが大きくなるばかりだった。
部屋の外に出ると、何故かいつもより闇が深いように感じた。けれどそのせいか、星は綺麗に光り輝いている。
葵音は暗い道を走り始めた。住宅街は誰も歩く人がおらず、車も少ないため、静寂な空気に葵音の足音だけが響いた。
葵音は迷うことなく、足を進めた。
黒葉が居るのは、あの場所しか考えられなかった。
呼吸が荒くなってきた頃見えてきたのは、照明が少ない暗闇の空間だった。
木々に覆われたそこは、住宅街とは違った雰囲気があり、葵音の足も止まってしまった。
以前来たときよりも暗闇が支配する、湖のある公園。彼女のが本当にここにいるのだろうかと不安になりながらも、葵音は足を踏み入れる事にした。
葵音が歩く度にジャリジャリと砂や石を踏む音と、草木がガサガサと擦れる音が響いた。
しばらく歩くと、湖が見えてきた。
真っ暗な空間にぼんやりと人影が見えた。
湖に星空が反射して、そこだけが妙に明るく、その人影を照らしているようだった。
湖の畔に黒葉が座っていた。
砂の上に膝を立てて座り、また星空を見つめているのか上を向いていた。
黒葉は、いつの間に着替えたのかロングのワンピースにニットのロングカーデガンを羽織っていた。
とりあえずは、彼女が見つかった事に安堵しながら、ゆっくりと彼女に近づいた。
「黒葉、おまえはまた一人で出歩いて………。」
「………。」
「黒葉?おい、聞いてるのか?」
「っっ!!」
彼女の肩を強く掴んだ瞬間、彼女が驚きながらこちらに目を向けた。
黒葉の綺麗なオニキスのような瞳からは、大粒の涙が溢れていた。
それは満天の星空から落ちてきた、小さな星のようにキラキラと輝いていた。
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