第7話
7話
黒葉の部屋は寝室の隣りの空き部屋を使用することにした。
マンションは自体は小さかったが、一人辺りが広く、特に葵音が住んでいる部屋は1番大きかった。
空き部屋には本当に何もなかったが、今は黒葉用の布団と買ってきた物や彼女の大きな鞄が置いてある。
「クーラーもあるし、窓も大きいから普通に使えると思う。ただ、鍵がないのがな……。」
「いえ!私は大丈夫です。普通のおうちに鍵なんてないですよ。」
「プライベートは守るよ。」
そんな会話をしながら、空き部屋の掃除をした。汚れているところはほとんどなかったが、他には何が必要か、洋服はあるのかなど話しているうちに、あっという間に夜も深いになってしまった。
黒葉を先に寝るように言い、葵音は作業場に籠った。
今日の仕事分は終わっている。
けれど、明日の準備などは終わっていないし、作業場の掃除もまだだった。
「明日は、打ち合わせが1つと、ネックレスを完成させないとな。デザインと進めておきたいし……明日は忙しいな。」
葵音は仕事のスイッチを入れ始めると、一気に覚醒してしまった。まだ眠くもなかった。
結局明け方近くに寝室に戻ることになってしまった。
「黒葉の朝食はまたお預けかな。」
そんな事を思いながら、寝室のドアを開ける。
すると、ベットの上に誰かが寝ている。
この家には、葵音の他にもう1人しかいない。
そこにいたのは、黒葉だった。
黒葉は、買ってあげた灰色に近い水色のパジャマを身につけ、葵音の布団にくるまって寝ていた。
すやすやと気持ちよさそうに寝ている。
「なんでここにいるんだ?」
葵音は独り言を囁きながら、そっとベットに近づいた。サイドテーブルに置いてあるステンドグラスのライトが、彼女を優しく照らしていた。
彼女の白い肌が、青や緑の色に照らされおり、神秘的な美しさを感じて葵音は息を飲んだ。
気づくと彼女に手を伸ばしており、サラサラした髪を手ですいていた。
何も考えることなくただ呆然と髪を撫でていると、「ん………。」と、彼女の瞼が動き、ゆっくりと目が開いた。
「悪い……起こしたか。」
「………いえ。あ、お仕事終わりましたか?」
「まぁ、とりあえず。おまえ、なんでここで寝てるんだよ。」
そう言うと寝ぼけながら、ゆっくりと体を起こしてから、彼女は目を細くして少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
「なんだか、寂しくて……。葵音さんと一緒に寝たいなと思ったんですけど、お仕事中だったので………。」
「……だからって、ここで寝るな。せっかく布団買ってやったのに。」
「だって、ここは葵音さんの香りがして落ち着くんです。」
そういうと、黒葉はぎゅーっと布団に抱きついて、うっとりと目を閉じた。
そういう自分の気持ちを照れることなく伝えてくる所が、彼女の良いところであり、恥ずかしい所だった。それでも、葵音は疲れていた心が癒されていくのを感じたので、きっと自分は嬉しいのだなと思った。
「葵音さんは、今から寝ますか?」
「あぁ………。」
「………一緒に寝てもいいですか?」
「………。」
予想通りの言葉が返ってきたので、葵音は小さくため息をついた。
同じぐらいの歳の男女が一緒の部屋で、そして同じベットで寝るというのがどんな事を意味しているのか、わかっていないようだった。
それとも、わかっていてわざとなのか。
「男女が同じベットで寝るって事がどういう事かわかってるのか?」
「はい!ドキドキしますよね。」
「………そうじゃなくて。」
葵音はグッと黒音に近づいて顔を間近に寄せた。彼女の大きくて澄んだ瞳が目の前にくる。呼吸も、感じられるほどだ。
「こうやってすぐ近くにいることになるんだ。キスしたり、それ以上だって出来るんだぞ。」
そう言うと、黒葉は目をぱちくりさせて、葵音の瞳を見返してきた。
彼女は、嫌がって逃げるだろうか。それとも、恥ずかしくなって固まってしまうか。軽い男だと怒るか。
どんな反応を見せるのか、葵音はじっと彼女の様子を伺った。
けれど、黒葉は葵音の予想外の行動をしたのだった。
「っっ!!」
葵音が次に感じたのは、唇に柔らかい物が当たった事だった。
黒葉にキスをされたとわかるまで、葵音はしばらく呆然としてしまった。それぐらい、彼女の行動は突拍子もないものだったのだ。
「おまえっっ……何してるんだっ!?」
「私は、葵音さんに惹かれてるんです。そんな人にキス出来るって言われるのは嬉しい事なんですよ。嫌われてないんだ、キス出来るぐらいには認められてるんだって。」
「……キスぐらい誰とでも出来るだろ。」
「嫌いな人には出来ないですよね?」
彼女の恥ずかしそうに頬を染めながらも真剣に話す表情を見つめながら、彼女の問い掛けに黙ってしまう。
「……葵音さんとならキスしたいって思えるんです。でも、それ以上はダメです。」
「………そんなの生殺しだろ。」
「私のファーストキスで、許してください。」
「………おまえな。そんな大切なのを俺にするな。」
「葵音さんだから、です。」
ニッコリと笑い、キスしたことを嬉しそうに「ドキドキしたなー。」とか、「キスかー。」と言いながら自分の唇に触れて、キスした相手を目の前にして余韻に浸っている彼女を見て、葵音は少し呆れたように微笑んでしまう。
「おまえには敵わないな。」
「え?なんですか?」
「なんでもないよ。……ほら、寝るぞ。もう朝になるだろ。明日は10時には起きるんだからな。」
「キャ!葵音さんっ……!」
葵音は彼女の体を押し倒して、そのままベットに横にさせると自分も隣に寝転がる。
自分の胸に黒葉の顔がある。彼女もさすがに緊張しているようで真っ赤になって、葵音の顔を見れずにまっすぐな視線を胸に向けるだけだった。
「さっき自分からキスしたくせに、何を真っ赤になってるんだよ。」
「それはそうなんですけど……同じベットでこんなに近いのは、心臓に悪いです。」
「じゃあ、離れるか?」
「だ、だめです!!」
黒葉は葵音の洋服をがっちりと掴んで離さなかった。
「だったら寝るぞ。」
「わかりました……。」
「おやすみ、黒葉。」
「………おやすみなさい。」
すっかり目が覚めてしまった様子の彼女を尻目に、葵音はゆっくりと目を閉じた。
体全体で感じるむくもりが、安心すると思ったのはいつぶりだろうか。
黒葉の温かい体温と、早い鼓動を感じながら、「こういう気持ちを何と呼ぶんだろうか。」と考えているうちに、葵音は寝てしまったのだった。
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