第4話
4話
葵音と黒葉は、作業場で向かい合って話しをした。
葵音が彼女が26歳で元図書館司書だったが、今は仕事を辞めているという事を知った。
そして、黒葉に簡単な自己紹介をすると、彼女は瞳を大きくして「すごい方だったんですねー。」としみじみとした声で言っていた。
「あの、葵音さんはどうしてジュエリー作家になったんですか?」
「まぁ、キラキラしたものが好きだったんだよ。学生の時にアクセサリーショップでバイトしてて、買っていく人は笑顔で帰っていくし、選ぶ時も笑ってるだろ。」
「………そうですね。」
自分の好きな事になると、どうも夢中になってしまうようで、葵音はつい力説してしまっていた。それに気づいて恥ずかしそうにするが、話を聞いていた黒葉は、とても嬉しそうだった。
「まぁ、それで自分の好きなアクセサリーが作れれば楽しいと思って、いろいろ勉強して仕事を始めたんだ。」
「そうなんですねー。とても、素敵だと思います!……あの、今まで作った作品とか見られないですか?」
「写真は残してるけど……見るか?」
「はい!ぜひ、見たいです。」
作ってきた歴代のジュエリーの写真が入ってファイルを黒葉に渡すと、満面の笑みでページを捲っていった。一つ一つの作品を見る度に歓声をあげたり「綺麗ですねー!」とコメントを言ったり、葵音は彼女の変化を見ていて面白くなってしまう。
「君は、アクセサリー好きなのか?」
「はい!……今までひとつも持っていなかったんですけど、葵音さんの作品見て好きになりました。私、アクセサリー好きです。」
初めておもちゃを貰った子どもはこんな顔をしているんじゃないか、と思えるほど彼女の笑顔はキラキラしていた。
ジュエリーに魅了され、作ってみたいと思った頃の自分のようだと葵音は思った。
「でも、葵音さんがしている月のネックレスはないですね……。それに、星がモチーフのものも。」
「これは、俺が1番初めに作ったものだから、売り物ではないんだ。それに星のアクセサリーは………俺がダメなんだ。」
「ダメ、なんですか?」
「あぁ………星にはいい思い出がなくて。正直作るのが苦手なんだ。」
葵音は、月のネックレスを手の中で転がしながら、苦笑を見せながら彼女にそう話した。
説明するつもりはない。けれど、思い出すだけでも苦しくなる。
星のアクセサリーなど作りなくもなかった。
「じゃあ、私がお願いしたのは、作れないのですね。」
「悪いな。それに、作れたとしても俺のジュエリーは高いぞ。」
「…………え。」
「これでも人気者だからな。宝石なしでも、この値段だ。」
引き出しから電卓を取り出して、金額を表示して彼女に見せると、黒葉は絶句していた。
「こ、こんなに………でも、確かにその価値があるものばかりですし。それに貯めたお金があれば注文できる……。」
電卓の数字を見つめながら、ブツブツと何かを呟いている黒葉を葵音は微笑みながら見てしまう。
そこまでして、自分の作ったアクセサリーを欲しいと思ってくれるのはありがたい事だし、嬉しいことだった。
気づくと、彼女の頭を優しく撫でていた。
ハッと自分がしてしまったことに気づいた頃にはすでに遅く、彼女はきょとんとしていたけれど、頬をほんのりと染めながらも、にっこりと笑っていた。
「なんか、頭を撫でられるって安心しますね……こんな感覚初めてです。」
「そうなのか?」
「はい。」
目を瞑り、その感触をうっとりとした顔で堪能する黒葉を見て、葵音はドキッとしてしまう。
やはりこの女といると調子が狂うのだ。
彼女の一つ一つの動作が葵音を胸を高鳴らせ、そして釘付けにする。
謎ばかりで、ナンパをして家まで上がり込んでくる女に、どうしてここまで心を惹かれてしまうのか。
やはり、今の俺はどうにかしているんだ。
葵音はそう思った。
「さ。もう話しもしたからいいだろ。夜も遅いし、家に帰れ。」
「………ぁ………。」
頭から葵音の手が離れると、黒葉は切ない顔をして名残惜しそうに葵音を見つめた。
そんな表情の黒葉を直視する事ができず、葵音は視線をずらして、窓の外を見つめた。
もう外は真っ暗になっていた。随分と長い時間話し込んでしまったようだ。
「また、来てもいいですか?」
「……なんでそうなるんだ。ネックレスは作れないし、話をしたいという願いは叶えた。他に何を望むんだ?……さっさと、家に帰れ。」
「……帰る家なんてありません。」
「……なんでだ。」
聞かなければよかった。
そんな風に思っていても、聞いてしまう。彼女に流されているとわかりながらも、葵音は翻弄されていた。
「実家から出てきたばかりで、今はホテル暮らしなんです。」
「ホテル!?………おまえ、どんな生活してるんだよ。」
「いえ、すごく古いビジネスホテルなんで、安いですよ。」
「だとしても、家借りればいいだろ。」
「家族にばれたくないんです。」
それを聞いた葵音は、ため息をついた。
訳ありだとは思ってはいたが、これほどだとは思わなかったのだ。
「それで、君は俺に何をして欲しいんだ。」
「私をここで働かせてください。出来れば、住み込みで働かせてください。」
「無理だ。」
「そんな!少し考えて貰えませんか?どうしても、あなたの傍いたいんです。」
やはり黒葉という女にこれ以上関わってはいけないのだ。
ミステリアスで純粋で、そして美しい彼女に惹かれ始めているのは確かかもしれない。
一目惚れという言葉があるぐらいだ、関わって1日で惹かれてしまう事もあるのだろう。
けれど、彼女は未知すぎるのだ。
葵音の懐に入り込みながらも、彼女の事はわからないままなのだ。
それに、葵音には決めていた事があった。
本気で人を好きにならないと。
「帰るんだ。」
「……お願いしますっ!」
「おまえ、何なんだよ!ネックレス作れって言ったり、話がしたいって言ったり!そして、最後には住み込みで働く?何を勝手に決めてるんだ?たかがナンパで、そこまで人を好きになるのか?」
葵音は苛ついた気持ちを吐き出すように、椅子から立ち上がり、大きな声で葵音に強くそして汚い言葉を投げつけた。
女にそんな言葉を言った事などなかった。けれど、高まった感情を葵音は我慢出来なかった。
勢いよく言い放った後、葵音はハーハーッと荒く呼吸をした。
それを黒葉はただただ悲しい顔で見つめていた。
そして、小さな声で話し話し始めた。
「ネックレスを探していたわけじゃありません。ネックレスをしているあなたを探していました。理由は………今は言えません。けど!あなたと話して、そして作ったものを見て、そして作っている姿を見て、あなたに惹かれたんです。それではダメですか?」
「ダメに決まってるだろ。……何だよ、言えないって。納得できないだろ、そんなの。」
「それでも……私はずっとあなたに恋をしてるんです。」
真っ暗な瞳から落ちるのは、水晶のように綺麗な涙だった。
必死に訴える黒葉の言葉と視線はとても強かったけれど、表情は泣いていた。
涙を流す彼女を見て、葵音はまた彼女に手を伸ばしたい衝動に駆られた。
けれど、その手にぐっと力を入れて、それをどうにか止める。
今、彼女と離れてしまえば、それまでになる。黒葉に酷い事を言って罪悪感を感じるのも少ない時間ですむはずだ。
彼女といると、また同じことを繰り返すのはわかっていた。
昔、苦しんだ自分と同じになってしまう。
そうして、葵音は彼女に背を向けて、冷たい言葉を放った。
「そんな事、聞きたくない。いいから、早く出ていってくれ。」
「葵音さん………。」
「早くどっか行けっっ!」
葵音自身で驚いてしまうほどの大きな声が出てしまった。
けれども、それで良かったのだ。
しばらくすると、小走りで作業部屋から黒葉が出ていく音が聞こえた。
これでよかったんだ。
………そう自分にいい聞かせながら、葵音は椅子に座り込んで窓から見える半分の月を呆然と眺めた。
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