第2話
2話
葵音は、東洋の魔女のようだと思った。
それは、恐怖があったわけではない。妖艶という言葉がピッタリ合うような美しさをもつ女性だったからだ。それに、彼女が紺色のレースのワンピースが魔女を連想させたのかもしれない。
ただ彼女に見つめられているだけで、緊張から体が固まってしまう。そして、ずっと吸い込まれそうな黒の瞳を見つめてしまうのだ。
交差点の信号が変わり、止まっていた人々が動き始める。動かない葵音と女を怪訝な顔で見たり、彼女の美しさに目を止める人が多かった。
葵音は自分が彼女に、見惚れてしまっていた事に気づき、ハッとした。
そして、彼女が言っていた「星はありますか?」という言葉の意味をようやく考えようとした。
だが、返事がないことを心配したのか、彼女が葵音の顔を覗き込んできた。
「あの……?」
「あぁ、ごめん。ここだと邪魔になるから場所移動しようか。」
葵音は彼女の腕を掴んで、歩道の端へと移動した。
そして、再度彼女の方を見ると、頬を真っ赤に染めながら、葵音が掴んでいた白くて細い自分の腕を見つめていた。
彼女が自分に触れられている事でそうなっているのだと気づき、葵音は慌てて手を離して「ごめん。」と言いながら1歩後ろに下がる。気まずい雰囲気が流れる。
けれど、葵音はどうしても聞きたい事があった。
彼女に腕を掴まれた時は、ただのナンパかと思った。けれど、それがコーヒーショップに居座る不思議な女だった事と、葵音が手を掴んだだけで真っ赤になった事を見て、それは違うと感じたのだ。
では、なんで葵音の腕を掴んだのか。
探していたの、葵音だったのか?
そして、言葉の意味は……?
彼女には聞きたいことが山積みだった。
「で、俺に何か用事があるのか?」
「あの………そのネックレス。」
彼女は細い指で葵音のネックレスを指差した。そこには、葵音が作った月がモチーフのネックレスがあった。
シルバー球体にしっかりとクレーターの模様も入っており、周りには星が廻っている姿がわかるようになっていた。
「あぁ……もしかして、星はありますか?ってこの事か。」
葵音がそれを手に取って見つめながら、自分で納得するように言うと、女もコクコクと頷いている。
「これはオーダーで作ったものだからな。……もしかして、俺の事知ってるのか?」
「……え?」
「え?って………俺がアクセサリー作ってるって知ってて声掛けてきたんじゃないのか?」
「いえ………。」
彼女は、困りそして悲しんだような複雑な表情を見せながら言葉を濁した。
葵音は、彼女を見つめながら言葉を待った。
すると、少し考えた後、彼女は葵音を見つめながら雑踏の音に負けてしまいそうな、聞こえるぎりぎりの声で話始めた。
「あの………その月のネックレスを見たんです。たぶん、この交差点で。だから、探してました。」
「探してたって、あのコーヒーショップで交差点見てたのって、俺を探してたのか!?」
「………はい。あの、どうして私が誰かを探してるってわかったんですか?」
「いや、その……俺もその店に入ったことがあったんだ。その時、店員がずっと交差点を見続けている人は誰を探してるんだろう?って噂しているのを聞いて……わるかったな。気分良いもんじゃないよな。」
自分の知らない所で噂をされていると後から知るのは、嫌な気分になると葵音は思い、謝罪をする。すると、彼女は大きい目を見開いて驚き、そしてにっこりと笑ったのだ。
それは、あどけなくそして、純粋な表情だった。そんな微笑みをする人を久しぶりに見た葵音は胸がドキッと鳴るのがわかった。
けれど、その表情はすぐにシュンと落ち込む顔に変わってしまう。葵音は、「コロコロと表情が変わるんだな。」と内心思っていた。
「でも、貴方がコーヒーショップに居たならもっと前に出会えてたのかもしれないのですね。」
「……まぁ、今より寒い時期でコートも着ていたからネックレスはなかなか見つからないだろ。」
「そうなんです……真冬はみんなコートを着ているので、なかなかネックレスが見れなくて困ってたんです。でも、見つけられてよかったです。」
その女は目をキラキラさせると、先ほどまで恥ずかしそうになっていたとは思えないほど、葵音にぐっと近づいてきたのだ。
葵音は、彼女がどうしてこのネックレスに惚れ込んでいるのかよくわからなかった。
1度見ただけで、1ヶ月も張り込んでそのネックレスの持ち主を探したりするのだろうか?
しかも、葵音がしているものは1点もののネックレスだ。誰かを大切な人が同じものをしていたから、というのは考えられなかったのだ。
葵音はそう考えると、彼女と話してみたいという気持ちもあるものの、少し怪しいなとも思ってしまった。
「あの、これから少しお話しできませんか?」
「……これと同じものを作ったりは出来ないぞ?」
「それでも構いません。お話ししたいんです、あなたと。」
「なんで初対面同士で、しかも声を掛けられただけなのに、話をしようと思うんだ?」
女性には基本的に優しいが、今回はあえて強い言葉を伝えた。
それぐらい、彼女は不思議だったのだ。
すると、その女は考える間もなく、まっすぐな言葉を返した。
「あなたと話してみたいんです。」
これは、ナンパの文句なのかもしれない。
けれど、葵音はその言葉が、やけに胸に響いた。だが、それと同時に彼女と関わってはいけないという直感も感じていた。
いずれにせよ、普段ならばその時遊べればいいと思ってばかりだったが、いつもとは違う感情を抱いていたのだ。
そのため、葵音は戸惑ってしまっていた。
「……仕事あるから……ごめん。」
「あっ……少しだけでもいいんです!」
「だから、無理だって……。」
「お願いします!名前だけでもいいので………っっ!!」
その場から去ろうとする葵音を、悲しげな顔で懇願する彼女だったが、途中で表情が歪んだ。急に目を閉じ、そして両手で目を押さえながら、その場に座り込んでしまった。
「また………っっ!」
「おい。おまえ、どうしたんだ?」
「……あ、あのいつもの事なんで、大丈夫………です……。」
目が痛いのか、彼女はそのまま蹲ってしまう。葵音はどうしていいかわからず、地面に膝をついて彼女の体を支えてやるしかできなかった。
「救急車呼ぶか?」
「救急車は呼ばないでくださいっっ!」
「………。」
彼女は目を押さえたまま強い口調で、葵音の提案を拒否した。
あまりの必死さに、葵音は呆然と彼女を見つめてしまう。
目が閉じられている状態でも、葵音が黙って自分を見ていると思ったのか、女はハッとして小さな声で話し始めた。
「いえ………少しすれば治るので……そのままにして……ください……。それより、お話を、名前を………。」
「お、おぃっっ!」
彼女は、話している途中にしゃがみこんだまま、体をフラフラと揺らしていた。
そして、そのまま葵音の体に支えられながら体を倒した。
意識を失ったのか、体の力が抜けた状態だった。彼女の閉じられた瞳からは、涙が流れていた。
「なんなんだ………一体……。」
あまりの展開に、葵音はひとりため息をつくように呟きながら、腕の中に深く眠る青白い肌の女を見つめた。
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