空を飛べなかった少年 -- スーパーヒーローにはなれなかったけど、勇者にはなれるかもしれない。--
けむし
第1話 プロローグ -- スーパーヒーローをあきらめた少年。--
少年は幼い頃スーパーヒーローになった夢を見た。いつもテレビ見ているスーパーヒーローは、空を飛び、高速で走って、強い力で敵をやっつける。でも夢の中でスーパーヒーローになった彼は・・・
空を飛べなかった。
速くも走れなかった。
力も・・・。
それ以来彼はスーパーヒーローに憧れなくなった。
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「洋二~朝よ~学校遅れるわよ~。早く起きて降りてらっしゃい。私はもう会社行くからね~。」
「もう起きてるから~。」
本当は母の声で目が覚めて、渋々起きたのだけど。このやり取りはもう日常の一部で、ここから彼の一日は始まる。父はすでに出勤していて、母も共働きなので朝は慌ただしい。ちなみに洋二という名前だけれど、長男・・・いやひとりっ子だ。
洗面所で顔を洗い歯を磨く。ルーティンワークなので、どんなに眠たくても一定時間で終了する。高校の制服に着替えて既に仕事に出かけた母が用意した朝食、既に冷たくなったトーストとベーコンエッグを急いで食べる。きちんと食後に食器を流し台で洗い片付けていることに、彼の真面目な一面が見える。
彼のフルネームは日向洋二ひゅうがようじ、どこにでもいる高校生。父は中堅流通メーカーのサラリーマン、母は広告会社のクリエーター。一見両親の接点は無いように見えるが、要するに幼馴染。小さな恋から大恋愛を経て結婚し、第一子を設けた。そこにもいろいろなエピソードがあるが、この物語とは関係ないので、今回は割愛する。
先日入学式を終えたばかりだから、制服は真新しく少し着せられている感があるのは、いつもの右側頭部の寝ぐせのせいだろう。直毛なのに、この寝ぐせだけは一日中直ったのは見たことがない。
玄関にカギをかけて、家を出る。マンションの廊下やエレベーターで会った人たちにはきちんと挨拶をしているのは好印象。とはいっても、生まれてすぐに両親が買ったマンションなので、多くの住民は顔見知りでもある。本来人見知りな性格の彼であっても、十数年住んでいれば、真面目な性格も相まって、これくらいの挨拶はできるのだ。
彼が入学した高校は徒歩15分程度の場所にあり、エントランスを抜けマンションの玄関を出て、西に向かって歩く。足取りはあまり軽くない。
「授業のない日なんだったら、学校に行かなくてもいいと思うんだけどなぁ。」
今日は授業初日、とはいっても通常授業があるわけではなく午前中で学校は終わる。ホームルームでの先生やクラスメイトの自己紹介から始まり、入学後のオリエンテーションでは説明しきれなかった細かい学内の説明や、書類の配布などで終えるのだろう。
ちなみに彼の学力は上の中。しかし近いというだけで受験したこの学校では、トップクラスだ。特に趣味もなく、普通の高校生がするようなゲームもほとんどしなければ、マンガやアニメ、ラノベなどに心躍らせることもない。
中学生の頃は同級生との話題作りのためにとりあえず嗜むという程度だったわけで、それ以外の時間は、家で勉強するぐらいのもので、学力は自然と身に着いた。要するに、暇なので勉強していたということだ。そう言う意味では、今どきの無気力で無関心な若者ではある。先ほどのセリフもそれを裏付けるものだ。要するに平々凡々とした少年、それが彼だ。
学校の門では当番の先生が数名立っていて、生徒を見守るという名目で、実際には身だしなみや、校則違反の持ち物などをチェックしている。持ち物はあくまで表に見えている物だけだが。
雨水がロートを通って流れ込むように、生徒たちは校門を通り、玄関に設置されている小型のロッカーで下足から上履きに履き替え、またそれぞれの教室へと散っていく。
「おはようございます。左の列から、出席番号順に席についてね。一応、出席番号と名前の紙を机の上に置いてあるから、確認しながら座ってね。」
教壇にいる担任の女性の先生の呼びかけに、素直に席についていく生徒の中で、洋二だけは、不機嫌。おそらくこの後に強制されるだろう自己紹介について、考えているのだろう。出席番号順では後半の25番だというのに。
皆が席についてすぐ、カツカツとチョークが黒板に当たる音が聞こえなくなると、先生が振り返り自己紹介が始まる。
「みなさん、一度入学式の日に顔は合わせましたね。担任の一色七栄いっしなえ、独身です。『ななえ』ではなく『なえ』なので、間違わないでね。趣味はこう見えても武道と料理。武道は、空手ね。料理は作るだけじゃなくて食べるほうもね。」
『こう見えても』、の意味は童顔で年齢より幼くみえるからだろうか。スタイルは十分女性的だしスリムなのはやせているのではなく鍛えているのだろう。ただ、先ほども気づいたが、教壇のさらにその上に踏み台が置いてあり、彼女はその上に立っている・・・。このクラスの生徒たちと比べても少し小柄だと言えるだろう。確かに、『こう見えても』かもしれない。
「それじゃ出席を取りますね、このクラスは総勢36名。まずは、相沢春香さん。」
「はい、相沢春香です。出身中学は・・・・・・・」
順に名前が呼ばれ、それぞれが自己紹介をする間、七栄先生は、自己紹介を聞きながら、生徒それぞれの顔を確認するように教室の生徒が座る席の間を歩いている。そう、彼女は視力が悪かった。
ついでにいうと、初日だというのに、いつもかけているメガネを朝から踏んで壊してしまったのだ。その結果が、この生徒の席の間を歩くという行為に繋がっているのだが、見た目小さな女の子が、おぼつかない足取りでうろうろするので、余計に危なっかしい。
そろそろ洋二の番だというのに、彼は左隣の席のさらに向こう側、要するに窓の外を眺めていた。
『おいおい、あれは何だよ・・・やばいだろ。』
洋二の見つめる窓の外、その向こう側から光の束が飛んできている。彼以外にこの教室で気づいているものはいないようだが。
「次、日向洋二君。・・・・日向君?」
光の束に集中していて、名前を呼ばれても気づかない彼に近づき、彼の肩を叩く。それで気づいて振り返った洋二は、光の束を指さした。
「先生、あれ・・・」
次の言葉を繋ぐ前に、光の束は教室に差し込んだ。一辺約3mの四角柱、窓から床に向かって斜めに差し込んだ光に触れた者を消失させた。ただし、光の束の中央部に居た者はすべて消失しているが、下半身を失うもの、ひざ下から足だけが残っているもの、ほぼ前後半分に・・・。
生き残った生徒たちがその状況を判断できるようになった頃、教室は阿鼻叫喚をきわめることとなり、生徒たちの悲鳴に、隣の教室から、先生たちが飛び込んできたが、あまりの悲惨な状況に息を飲むばかりであった。
やや落ち着きを取り戻した教室では、通報で駆け付けた救急隊や警察によって、検証が行われ、完全に消失した生徒8名と先生1名、体の一部のみ残っていた生徒4名、その他体半分、もしくは半分以上を消失して死亡が確認された生徒12名。
消失を免れたが体の一部を失ったものはおらず、12名のみが生き残った。クラスの3分の1が死亡、3分の1が無傷で生き残り、先生と3分の1が消失で行方不明だが、体の一部を失った4名はほぼ絶望だろうというということだった。
この後、学校はこの不可思議な事件により父兄やマスコミ、野次馬まで巻き込み更なる混乱に陥るが、その先は語らないでおこう。
なぜなら、本当の物語は完全に消失した生徒8名と先生1名、体の一部のみが教室に残っていた生徒4名の計13名が光の束によって転移した場所から始まるのだから。
空を飛べなかった少年 -- スーパーヒーローにはなれなかったけど、勇者にはなれるかもしれない。-- けむし @kemshi
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