【吸血鬼】どれほど嘆いても人にはなれず
突き立てた犬歯が皮膚を貫き、そこから血が溢れる。
溢れた血は、歯を伝ってウィリアムの口内へと流入。ウィリアムはそれを飲み下す。
炎よりもなおも熱いと感じる血が、喉を伝い体内を満たしていく。
生きている実感を得ながら、思わず天を見上げる。体から力が抜けた。ドサリ、と言う音がして、ウィリアムが血を吸った人が地面に落ちる。
一瞥し、それだけで興味を失うと、ウィリアムはその場を後にした。
「今ので……。何人目……?もうわからない……。あと何人ぐらいで人間になれる……?」
ウィリアムの呟きを聞くものはそこには誰もいない。
+++
「人の血を吸い続ければ、吸血鬼は人間になれるんですよ」
吸血鬼だけが集まる酒場で、顔なじみの詐欺師がいつもの薄笑いを浮かべてそんなことを、さも重大な秘密のように語りかけてきた。
「はぁ……」
ウィリアムは、傾けていたジャッキをテーブルに置き、目の前の詐欺師に疑わしげな視線を向ける。
「お前、もうちょっと信じられる嘘つけよ」
その話が本当なら、長寿の吸血鬼達は皆人間になっているはずだ。しかし、長寿の吸血鬼は皆吸血鬼として影響力をしっかり持っている。詐欺師の言葉は信じられない。
「いやいや。実際にあるんですって、そーいう話が」
「だいたい、それを俺に言ってどうするんだ」
「やだな、私だって、誰彼構わず話してるわけじゃありませんよ。私が持っている情報を、必要としている方に提示する。それが私の使命ですれば」
「だったら余計にわからない。どうしてそんな話を俺にする?」
ここまで聞いて、ウィリアムは後悔した。ここまで聞けば、自分がすでにだいぶ興味を持っているということを、相手に知られてしまっているからだ。
案の定、ウィリアムの目の前で、詐欺師の口元がつり上がった。
「やだな。言ったじゃないですか。必要としている方にお届けする、と」
詐欺師が身を乗り出してきた。そのままウィリアムの耳元に口をよせてくる。
「明け方のあの人間。えらく親しげじゃありませんでしたか?非常食ですか?もしも非常食であれば、もっと目につかないところに、大切に大切においておかないと、誰かにかすめ取られちゃいますよ」
言いたいことを言った詐欺師が、乗り出していた体を戻し、椅子に座る。その顔には満面の笑みが張り付いていた。思わず険しくなる表情を、険しいがままに詐欺師を睨みつける。
「もしもそんなことをしてみろ。俺の全力でお前を滅ぼす。お前は太陽に焼かれて死ぬぞ」
ウィリアムが凄めば、詐欺師がおどけるようにして両手を挙げた。
「やー。怖い怖い。あなたは本当にそれができてしまうから、冗談かどうかの判断がつきませんよ」
「冗談かどうか、いまこの場で実行してやろうか。俺はお前を外に引っ張り出して建物の屋上から逃げられないようにすればいいだけなんだ。今すぐにでもできるぞ」
「ふむ。どうやら本気のようですね。で、あれば、あなたに朗報ですよ。人と吸血鬼は共存できない。かと言って、伝説のように、人を吸血鬼にすることもできない。ですが、吸血鬼が人間になる方法があれば、あなたはあの人間と共存できる」
「そんなものはあり得ない!!」
あまりにも馬鹿げた話に、ウィリアムは思わず机に手をつき立ち上がっていた。
正面で相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている詐欺師が憎たらしい。
「えぇ、そうでしょう。そう思うでしょう。ですが、だからこそ試してみる価値があると思いませんか?」
「そんなものはありえない」
同じ言葉をもう一度口にする。
「付き合ってられない。帰る」
何を言ってもこの詐欺師は口を閉じそうにない。そう判断したウィリアムは、自分が詐欺師から離れることにした。
席を立ち、自分の飲み食いしたものの代金を払おうとカウンターへと向かう。
「おやー?人になる方法、興味なかったですかー?」
ウィリアムの背中に向けられた言葉を、聞こえないふりをして代金を支払い、ウィリアムは店を出た。空を見上げると、月に薄雲がかかっており、ウィリアムは舌打ちをする。月を見ることができなかったため、気持ちの切り替えができない。こんな気分では、あの人間に心配をかけてしまう。それでも、やはりウィリアムは人間に会いにいくため、足が自然とそちらへと歩き始めるのだった。
+++
あの時は、本当に人間になるつもりはなかったのだ、とウィリアムは口元から血を滴らせながら痛み始めた頭を押さえつける。
その事情が変わったのは、それから数日してからのこと。
きっかけは、あの人間がこぼした些細な一言だった。
『一緒に朝日が見れたらよかったのにね』
本当に、なんでもない一言。思い返すたび、あの一言は、あの人間なりの冗談だったということは明白だし、その一言でウィリアムがここまで思い悩んでいると知れば、あの人間はきっと今にも泣きそうな表情を浮かべ、己を責めさいなむのだろう。
だから、ウィリアムは一刻も早く人間になり、あの人間を驚かせなければいけないのだ。
初めは驚くだろうが、吸血鬼には珍しくないことだと言えば、きっと信じてくれるだろう。
その場面を思い浮かべ、ウィリアムは胸が熱くなるのを感じた。
「……え?」
胸から何かが垂れるのを感じ、顔を下に向ければ、きている服が赤く染まっているのが見えた。塗料はウィリアムの胸から垂れている。
膝に急に力が入らなくなり、ウィリアムは地面に膝をつき、続けて体が前に倒れた。
「な、なんだ、これ……」
「粛清だよ、吸血鬼。お前は少し殺しすぎた」
頭に何かが押し付けられる感覚。自由にならない頭をそのままに、目を動かして無理やりその正体を探る。
「ど、どうして……」
そこには、夜明け前、限られた時間にしか会うことのできない人間の姿があった。なぜ、と思い、口を開こうとすると、再び胸が熱くなる。
「さらばだ、吸血鬼」
その一言が合図であったかのように、朝日が昇った。
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