【吸血鬼】会議前

 初めに感じるのは首筋にかかる吐息。続いて肌に触れる牙の感覚。そして血が吸い出される。

 左手で首筋に噛み付いているコーネリアの背中に腕を回し、右手でコーネリアの頭を撫でながら、彼女が突き立てている牙を抜くのを待つ。

 数分ほどそのままでいると、やがて首筋に噛み付いていたコーネリアが離れた。

「もういいのか?これからしばらく吸えなくなるかもしれないぞ?」

 体を離したコーネリアが笑みを浮かべる。眉尻を下げ、困ったように笑っている。

「そうかもしれません。ですが、私も壁を一枚隔てた先に大勢の方がいらっしゃるのに、主人の首筋にいつまでも噛み付いていられるほどはしたなくありませんわ」

 吸血鬼のこの感覚はよくわからない。吸血鬼にとっての吸血は、人間にとっての食事と同じだと蒼士は思っている。蒼士は別に食事を見られて恥ずかしいとは思わない。しかし、吸血鬼に聞いてみれば、そのほとんどが恥ずかしいと思っている。

「そこまで恥ずかしいことか?俺にはよくわからんのだが」

 コーネリアが一歩離れて首を傾げた。

「例えば、ですけど、ここに一口飲めば酩酊状態になるお酒があるとします。しかも、数回に一回の確率で前後不覚になって全裸で踊る、という副作用があります」

「嫌すぎる酒だな」

「人のいるところで飲みたいですか?」

「や、できれば飲みたくはない」

「私たちにとって吸血っていうのはそういうものです。でも、私たちはそのお酒を飲まないと生きていけない」

 なるほど、確かに飲んで一発で酩酊し、何をするかわからないのならば、醜態を晒さないためにも、人目を気にするな、と納得。

「ん?まて、じゃあコネコネは今酔ってるのか?」

「その名前で呼ばないでって言ってるのに……。まぁ、酔ってるといえば酔ってるかもしれないわね」

「そんなんでこの後大丈夫かー?」

「厄介なことに、血、飲まないと力出せないのよね……」

 確かに、一応話し合いということでこの場には集まっているが、どいつもこいつも血の気が多い奴らばかりなので、何がきっかけで武力衝突に発展するかわからない。もっとも、今回の話し合いは、招集したのが穏健派で通っているリンなので、そういった心配はしていないが。

 吸血鬼にとっての吸血が、どういったものかのコンセンサスがとれたところで、蒼士のいる部屋の扉がノックされた。

「失礼します」

 扉が押し開かれ、執事、といった外見の紳士が現れる。

「ソウシ様。ただいま準備ができました。皆様ももうまもなく集合いたします。食堂の方へ来ていただいてもよろしいですか」

「あぁ。すぐに行く、とリンに伝えておいてくれ」

 執事が一礼し、部屋から退室する。

「あいつやっぱり嫌い……」

「そう言うなよ。吸血鬼ってわかったうえで、すぐに殺しにかかってくる奴もいるんだ。それに比べたらまだいいほうだろう」

 コーネリアたち吸血鬼が世間に認められ、はじめは人の血を吸うということで、徹底的に駆除するべきだ、というのが世論となった。が、さすがに人の姿をしているものを殺すのは民間人にはなかなか難しい。結果吸血鬼が認識されてからも、吸血鬼が絶滅することはなく、今では条件さえ満たせば、人間社会でくらすことが認められている。

 人間社会で暮らすための条件である首輪をひと撫でし、コーネリアがため息をついた。

「確かに、問答無用で殴られるのは辛いですが、いないものとして扱われるのもまた辛いのですわ」

 まぁ、そういうものだよな、と共感する。蒼士も異国にきてしばらくは無視されるか、嫌がらせを受けた経験があるので、なんとなくは理解できるのだ。

 蒼士は立ち上がり、手の届くところまで近づいたコーネリアの頭を撫でる。

「確かに、黙っていたらお前たち吸血鬼の立場はどんどん弱くなる。だから、ちゃんと共存できるっていうことを提示しないといけない。そのためにこの会合が開かれてるんだ」

 そんな重要な場に、どうして自分が招待されているのか、という疑問は己のうちに秘めたままで、蒼士はコーネリアを安心させるための言葉を紡ぐ。

「だから、行こうか。これからさき、吸血鬼の力が有用で、殺すよりも共に生きた方がお互いにとって幸がおおいということを示すために」

 コーネリアが頷いたのを確認し、蒼士は部屋を出る。

 部屋を出ると、そこにいた人たちの視線が蒼士に集中した。

 視線に質量が伴っているのではないかと思うほどに、威圧感のある視線がほとんどだ。

 それも当然。そこにいるのは人の皮を被った化け物ばかり。吸血鬼の人を超えた力など、すこしも脅威に感じないような人間ばかりなのだから。

 生唾を飲み込み、自分のために用意された椅子に座る。

「では、参加者が皆席に着いたようなので、これから吸血鬼とどのように歩んでいくのか。その方向性を話し合いましょうか」

 もっとも上座に座った女の声で、会議が始まった。

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