【吸血鬼】闇夜の戦闘

 今日はいい月夜だな、と空を見上げて思う。夜空にあるのは新月と星だけ。地上を照らすのはわずかな星の光のみ。街の光が届かない田舎なので、星々はよく見える。冬の風が自分の輪郭をなぞるようで冬は好きだ。

「う、ぅぅー……」

 足元から呻き声が聞こえた。清々しい気分を害され、呻き声がする足元に目を向ければ、そこには怪我をした数人の男達。どいつもこいつも弱者を痛めつけ、強者には媚び諂うことしかしない卑怯者ばかりだ。

 だから、というわけではないが、ラッドが彼らを痛めつけるとき、良心の呵責はあまりなかったように思う。

「さて、こうして圧倒的に実力差がある相手を叩き潰したわけだが」

 ラッドは、意味のないことをすることを嫌う。意味もなく時間を浪費するのは嫌だし、意味もなく他者と協力することが嫌いだし、意味もなく何かに所属することが嫌いだ。できることなら一人で暮らし、その結果として一人で死ぬのなら、それはとても理想的な生き方だと思う。

 一般人であれば難しいかもしれないが、ラッドの体質であれば可能だ。と、いうよりも、人がいなくなれば即ちラッドが死ぬ時なので、ラッドは一人で生きていくことができない。

 だから、というわけではないが、圧倒的な力を持ってはいても、目につく人間すべてを襲おうとは思わない。

「ほぅ。本当に来たか」

 では、なぜそのラッドが関わりのない、直接危害を加えてきたわけでもない男たちを、こうして暴力で持って制圧したのか。その理由が、今ラッドの目の前にある。

 全身を鎧でつつみ、両手には剣を構えたその人物。街で噂になっている無敵の二刀流騎士。国が国民に積極的に関わることをやめたこの時代、国に求められているのは国家として、他国からの侵略を未然に防ぐことのみだ。では、噂になっているこの騎士は、一体何をしてるのか。治安の維持など、国家に求めていない。この騎士は、一人で、暴力を振るう個人、組織の前に現れ、その圧倒的な力でもって制圧する。抑止力として噂になっている。

「まさか本当にいるとは思わなかった。噂の真偽を確かめるため、コウモリを飛ばし、人を操り、それでも見つからぬゆえ、半ば与太話だと思っていたのだが」

 やはり、向こうから来るのを待たなければいけなかったか、と自分の意味のなかった行動を反省する。

「で、お前はこれからどうする?やはり俺と戦うのか?正直、ここ最近全力で戦える相手がいなくてな。噂通り強いのであれば、是非とも俺の暇つぶしに付き合ってほしいのだが」

 ラッドが一人話している間も、騎士は、その場から動くことがなかった。

「……どうした?何か言うか、何かしてみせろ」

 騎士が首を傾げた。

 ひょっとして、言葉が通じていないのか?とラッドは状況の精査を行う。では、この騎士は何をもってして暴力を振るっている相手を圧倒してきたのか。

「つまり、現行犯でなければならんのか?」

 ラッドは、足元の人間を踏みつける。人外の力で踏みつけられた男が、断末魔の声を上げることすらできずに亡くなった。生きているうちに血を吸っておけばよかったな、とわずかに後悔し、足元を見た。

 首筋に寒気が走り、本能の赴くがままにしゃがみ、左手を後ろにつき、その左手を起点に体を回して後ろに移動する。

「ほぅ……」

 視線をあげれば、先ほどまでラッドの顔のあった位置を手に持った剣でなぎ払った姿勢の騎士がいた。移動は全く見えなかった。どうやらこの相手はなかなかやるようだ、と感心する。

 では、これはどうするだろう、と腕をふるう。すると腕から衝撃波が出た。黒い衝撃波だ。衝撃波は、間も無く無数のコウモリとなり、騎士に襲いかかる。騎士は、ラッドの行動を模倣するかのようにコウモリに対して剣を横に振るった。

 剣に触れたコウモリたちは、まるで初めからそこに何もいなかったかのように消えてしまった。

 普通の人間であれば、ラッドが回避に専念しなければならない斬撃を放つことも、ラッドが放ったコウモリを退けることもできない。これは久しぶりに全力を出せるかもしれない、としばらく使っていなかった体の筋肉が歓喜の声を上げる。

「が、一つ確かめねばな」

 再度腕を振るい、コウモリを飛ばす。それを二度、三度、と続け、さらに己は影に沈む。新月で、星が照らしているだけの今、地面はどこが影かもわからないような状態だ。飛ばしたコウモリすべてを消しさり、振り切った剣を掴み取る。掴み取った手に熱を感じるが、それは想定していたことだ。熱を無視して剣を放り投げる。逆の手で騎士を殴りつける。騎士は残った方の剣を盾に、どうにか体への直撃は防いだが、ラッドの膂力で吹き飛ばされる。

「なるほど。どちらかといえば速力に特化した戦闘スタイルか。加えてこの銀の剣。相手の情報を事前に収集し、弱点があれば、その弱点をつくための装備を整える頭もある。面白い」

 ラッドの正面、飛ばされた騎士が、着地の瞬間に地面を蹴り、跳躍。飛んだ先にあった木の幹を蹴り、さらに跳躍。その後も、足がつくたびに跳躍を繰り返した騎士は、やがてその身を高速の弾丸とかした。

 普通の人間であれば、騎士を目で追えず、個人であれば切り刻まれ、集団であっても、徐々に数を減らされ、最終的には騎士が勝つ。そういう戦法をこれまで取ってきたのだろう。今も、ラッドの近くをすり抜けるたび、残った一本の剣でラッドを切り裂こうとしてくる。が、そんなものは、

「羽虫と変わらん」

 飛んできた騎士の顔面に向けて拳を放つ。

「がッ……!!」

 拳の先で、騎士がうめき声をあげた。そして騎士が再びラッドに吹き飛ばされる。

「お前のそれは直線軌道の連続でしかない。空中に何かあれば、それを蹴りつけて軌道を変えておるようだが、それがなければただまっすぐに飛んでくるのみ。目で追えていればこうして迎撃も可能」

 相手の手の内がわかってしまえば大したことはない。急速に面白みを失い、さっさと相手を殺してしまおうと決定を下す。

 騎士が立ち上がり、頭を振る。

 ラッドの攻撃で、兜に亀裂が入っていたのだろう。顔を隠していた兜が地面に破片となって落ちる。

「ほう。女であったか」

 仮面の下から現れた美貌に、ラッドは歓喜する。これならば別の楽しみが増える。

「女であればなんだ。まだあんたを倒すことを諦めたわけじゃない」

 兜が外れたことがきっかけになったか、騎士が初めて喋る。ラッドは口の端を釣り上げる。

「いや、いやいや。もういい。今日のところはここまでにしておこう。これからも俺はこの街であらゆる暴力を尽くす。人の血を吸う。治安を守り、暴力をふるう輩に対する抑止力となろうというのならば、俺を追ってこい。俺を殺してみせろ」

「言われずともそうしてやる!」

 思った通りの返答に、笑いがこみ上げる。

「そうか、では、いずれお前が俺を殺せることを期待しておこう」

 そう言い残すと、ラッドは体を影に沈め、その場を立ち去った。

 これからの楽しみに期待を膨らませ、明日からどうやってあの騎士で遊ぼうかと計画を練りながら。

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