【吸血鬼】卑怯な私は君を逃したふりをする
雑踏の中を、できるだけ人にぶつからないように歩く。
さすが商人の街といったところか、道の左右に広がる店はどれも品揃えが豊富で、呼び込みの声も威勢があって大変よろしい。日よけのフードを目深に被りなおし、キャサリンは目的地に向かって歩く。
異様な姿の女だった。夏の昼間、日中の最も気温の高くなる時間だというのに、着ているのは長袖のパーカー。ジーンズのパンツ。手には肘まである手袋をはめ、目出し帽にサングラスをかけている。
すれ違う人々は、皆キャサリンを二度見するか、見ないようにして脇を通り過ぎていく。
いつもどおりのことで、いつもと違う道を進む。
後ろから衝撃。
「あっ、やっぱりキャサリンじゃーん!どしたの?こんな人通りの多いとこに現れるなんて珍しい」
振り返れば、この人混みの中、真っ黒な日傘をさして佇んでいる美人がいた。両脇を迷惑そうに通り過ぎていく人には目もくれず、その顔に笑みを浮かべている。
「警察」
目的地の名前を端的に告げる。
「え、なに!ついになんかやっちゃった?お呼び出し?一人で行ける?」
後ろで騒ぐマリーを置いて、キャサリンは目的地に向かって足をふたたび動かす。
「あ、怒った?もー。キャサリン表情も全然わかんないんだから、もうちょっとリアクションとろうよー。こっちが不安になるじゃん」
少しも不安など感じないそうにない声。キャサリンは後ろをついてくるマリーを無視してひたすら歩く。マリーはキャサリンの後ろを何かいいながらついてくる。
そうして、キャサリンは警察署についた。警察署の前に立っている人間に、財布の中から出した身分証を見せて中に入れてもらう。マリーはどうするだろうか、と振り返れば、マリーも同様に身分証を取り出していた。今日は珍しくついてくるのだな、とそのことだけを確認すると、署内、入ってすぐ右手の階段を下へと降りていく。
地下一階。地上からの光が遮られ、周囲を照らすのは壁に掛けられたランタンのみ。そこで立ち止まったキャサリンは、フード、サングラス、目出し帽を外した。
「あっつい!!」
そこに現れたのは金髪の美女で、その表情には疲労が色濃く現れている。
「そりゃ、夏にあんな格好してたら暑いでしょうね」
振り返れば、地下にも関わらず日傘をさしているマリーがいる。
「仕方ないでしょ。あんな太陽の下歩いてたら一瞬で灰になるわ」
「気持ちはわかるけどねー。で?今日のお仕事は?」
「この後血液検査。そんで犯人がわかりそうなら夜逮捕だな」
止めていた足を動かし、体を下へと運んでいく。
「どの事件?」
「最近多いだろう。通り魔だよ」
「あぁ、確かに多いわね。それも早朝」
そういっているうちに、二人の体は最下層、地下5階にたどり着いた。そこにあるのは一つの扉だ。キャサリンが扉を開く。
「あ、待ってたよー」
中にいたのは顔色の悪い一人の男。いつも浮かべている力のない笑みを、今日も浮かべ、二人を出迎えた。
「依頼の品はどれ?」
「これ」
雑談は一切交えず、キャサリンはイソガイに要件を告げる。イソガイも慣れたもので、キャサリンが訪れることとなったものを手渡してくる。それは、血のついたナイフだ。
「どうしてナイフ?そこについてる血、被害者のでしょ?」
後ろでマリーが首を傾げている。
「……でも、二人分ついてる」
キャサリンがナイフに付着している血をなぞる。すると、血が蠢き、二つの塊に分かれた。
「男と、女の血だ。被害者の性別は?」
「男」
「じゃ、こっちね」
キャサリンが分かれた血の一方に指を当てる。
「女、多分20代。深夜勤務。飲酒してる。タバコも吸ってる。あと、内臓も悪そう」
「ねぇ、被害者男ってことは」
「うん。囮捜査。流石に多かったからね。いつどんなタイミング狙ってるかはわかったし、あとはキャサリンに血を見てもらって、決定的な証拠を掴むだけさ」
「わざと逃したの?シュミ悪」
「だって非力なデスクワーカーだからね。ナイフ奪って斬りつけるのが精一杯だよ」
「住んでるとこもわかった捕まえてきて」
ここは血液判定科。吸血鬼であるキャサリンの職場であり、犯罪者の血を見て相手を捕まえる部署だ。
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