【吸血鬼】希望と名付けて抱き締める

「やっぱり戦うしかないな」

 昼食中。同じ部隊の連中が、互いに奪い合うようにして食べていた手を止める。視線は食卓の上から、最も上座に座る短髪の男、ラースに向けられる。

「……それじゃ、あの子は見捨てるんですか」

 隣近所のメンバーと話を始めた部隊員とは別に、ラースに質問をぶつける女子隊員。言葉の中に出てきたのは、ラースが戦うことを決心した組織に所属している元隊員だ。

 目に涙すら浮かべて抗議してくるラキューの視線に、ラースは視線をそらす。

 何よりも雄弁な返答に、ラキューは立ち上がり、食堂から飛び出していった。

「あーあ。団長。流石に言いかたってもんがあるでしょうよ」

 頬杖を付き、もう肉の付いていない骨を加えたハウンドが、目でラキューの出ていった扉を見ながらいう。

「ではどうすればよかった」

「ま、他に隊員がいるような場所で話すことでもねーですな」

 食卓の上に視線を這わせれば、もう食卓の上の皿にはほとんど何も乗っていない。

「ハウンドを残し、全員退室してくれ」

 ラースが力なく言えば、隊員達は席を立ち、ぞろぞろと食堂から出て行く。

「聞き耳立ててんじゃねーぞ」

 出て行く隊員たちに、ハウンドが忠告する。これから何がここで話し合われるのかは、もうわかっているのだ。たとえハウンドが忠告しても聞き耳は立てているだろうな、と内心で思う。

「で、ハウンド。俺はどうすればよかったんだ」

「そりゃ、団長。モールと特別仲が良かったのはラキューなんだ。ラキューにだけは先に話しておくとか、ラキューのいない場所で決断するとか、ラキューを前線から下げる命令を出すとか色々あるでしょうや」

「よくもそう色々と考えつくものだな。……俺にはできん。やはり、ハウンドが団長になるべきだったのではないか」

 今も皆が不安に思っていないか、とか、この決断は正しいのか、と自問している自分の他に、冷静に作戦を実行するに当たって必要なものを考えている自分もいる。前団長が生きていれば、こんなに悩むこともなかっただろう。今だにどうして自分が団長に指名されたのか、ラースにはわからない。前団長の遺書に、その理由などは書き記されていなかったのだ。

「いや、俺は団長に向いてねーよ。他の隊員のことなんて考えねーし、敵も味方も被害のことなんて考えず、ただ相手を負かせばそれでいいと思ってる。多分、俺が団長になりゃあ、一回か二回戦闘すれば脱退者出まくって、王国の騎士団に人流れるんじゃねーか」

 確かに、ハウンドはこの戦士団の中でも実力が突出している。それは前団長はじめ、優秀な先任たちを失うこととなった、あの忌まわしい巨人たちとの戦闘の前からだ。前団長もそのことはわかっていたのか、戦闘の前にはハウンドに大まかな目標を指示することしかしていなかった。

「それでも、俺よりは団長として皆を引っ張っていけたのではないか」

「わかってねぇな。ラース、お前がそうやって全体のことを考えてるのは、俺らにはよくわかってる。よくわかってるから、俺らはついてく。前の団長だってラースのその資質には気づいてた。だから、ラースを次の団長に指名したんだ」

「……そうだろうか」

「めんどくせぇな。今はとにかく、お前の団長としての適正じゃなくて、ラキューをどうするか、モールをどうするかだろう。こんなとこで話してねぇで、とりあえずラキューを追いかけてこい。そんで、ラキューがどうしたいかを聞いてこい。あの吸血鬼どもと戦うのはそれから後で十分だ。どうせ、日が沈まんと戦闘すらできねんだから」

 それもそうだな、と頷き、ラースは食堂を後にした。


 ラースが出ていった扉をハウンドは見つめ、そして席を立った。向かうのは食堂の窓。そこをあけ放ち、目を下に向ければ、案の定、地面には数人の隊員が逃げ出すところだった。

「おい、そこの奴ら。逃げれると思うなよ。命令違反でそこの奴らは俺と模擬戦だ!!」

 ラースがラキューとうまく話せることを祈りながら、ハウンドは窓から飛び出した。


+++


「やっぱりここにいたか」

 ラキューを見つけたのは、ラースたちの拠点としている砦を見下ろせる丘の上だ。

 砦を出る時点で、目のいいラキューには見つかっていただろう。それでも逃げずにここに止まっていた。ならば対話することはできるはずだ、と逃げ出しそうになる自分を叱咤激励。

「戦わなくちゃいけないの」

「実は、今討伐しないと国王が動く可能性がある」

 ラキューの目が大きく見開かれた。国王が動く。それは、この国で軍事に携わるものであれば、たとえそれが王国所属のものであっても、民間所属のものであっても、どういうことかよくわかっている。

「今の国王、即位して何年めだっけ」

「まだ2年経ってない」

「それで、あの獣を制御できるの」

 この国の王家には、王家の血筋にしかできないことがある。城の地下で眠っている龍の使役だ。龍は王の命令に従い暴れ、貪る暴力の化身だ。王が未熟であれば、その制御はうまくいかず、最悪の場合、龍の牙は王都に向かうこととなるだろう。

「わからない」

 ラースは首をふる。

「だからこそ、俺はモールを俺たちの手で沈めてやりたい。あの龍が動けば、遺体も残らず、俺たちは弔ってやることもできない。そんなことになるぐらいなら、俺たちの手で。ラキュー。親しかったお前の言葉なら、モールに届くかもしれない。そんな希望を抱くのは、俺の勝手か」

「ええ。勝手ね。そんなの、無理だってわかってるくせに。モールはあいつらにもう洗脳されてる。完全に吸血鬼のしもべよ。あの時、私をかばって吸血鬼に血を吸われなかったら、って毎晩夢に見る」

 ラキューに一歩歩み寄る。

「だったら、俺たちの手であいつを眠らせてやろう。陽のもとでは影に沈んでいるような、いるかいないかもわかない場所から、ちゃんと陽の下で眠らせてやろう」

 ラキューがラースの胸にすがりつく。

「……どうしてこんなことに」

 ラキューの背に腕を回し、空を見上げる。もう日が沈む。

 吸血鬼の時間が始まる。これから戦闘の準備をすれば、今夜には討ち入りができるだろう。いまごろハウンド主導して戦闘の準備を整えているはずだ。

 ラースは、これから始まる戦闘に、胸のそこを炙られるような焦燥を覚える。しかし逃げ出すわけにもいかない。覚悟を決める。

 今夜、吸血鬼を討伐する。

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