【天使】燃え上がる炎に捧げる一滴の水
空に星が輝いている。
地上を照らす太陽は沈み、普段であれば、闇が地上を支配している時間。
しかし、今、火田の視線の先では、燃え上がる炎が地上を照らしていた。
火事というわけではない。
祭りの一環で、高く積み上げたヤグラに点火し燃やしているのだ。
燃えるヤグラの周囲では、人が輪になって踊っている。村伝統の行事であり、娯楽の少ないこの村唯一の楽しみだ。一年間、この日のために働いていると行っても過言ではないかもしれない。
もともとこの神事は、一柱の天使を表しているのだという。
約200年前。
まだ村の中に金属製品を作る炉がなかった時代。
村は生活に必要な金属製品は全て村の外から買っていた。もっとも、村の産業と呼べるものもなければ、特産品と呼べるようなものもないような村だ。金属製品を買いに出ても、資金を調達するための元手がない。
村で作った農作物は、市場と同じ金額で売っても、形が悪いことを理由に買い手がなかなかつかない。そこで買い手が現れるまで金額をさげれば、今度は利益がでない。他に売れるものといえば、農作業ができないような子供や、体の不自由なものの作った編み物であるが、村の外に出れば、もっと優れた作り手がいる。編み物もまとまった金額にはならない。
仕方なく、売った利益で生活に必要なものを買い込み、金属製品を買えたとしても、破損した農機具を買い換えるのが精一杯で、とても質のいいものを買えるような資金はない。ここで、仮に多少無理をしてでも等級の高い道具を買っていけば、将来的には生活が豊かになっていったかもしれない。が、村にそんな先を見据えた買い物ができるものはいなかった。結局、そのひぐらしの生活をするのが精一杯で、村はいつまでたっても貧しいままだった。
ある日、村に1人の少女が迷い込んできた。
少女はひどく飢えており、村人たちは少女を哀れに思った。
が、村にも十分な食料があるわけではない。とてもよそからきた少女に施してやるような余裕などなかった。
そんなとき、少女に差し出されたのは水の入った器だ。
水を差し出したのは、この村で最も貧しい家族の息子だった。
「いいのですか。これはあなたにとっても大切なもののはず」
少女の言葉に、火田は笑みを返す。
「たしかに、それは俺にとっても大事なものだ。なにせ、それがあれば作物に水がやれるし、料理もできる。粘土を溶かせば家の壁の補修もできる。でもな、あんたをその水で救えれば、あんたは恩を感じて俺の手助けをしてくれるかもしれない。それが水一杯で買えるってんなら、俺は喜んで君に水をあげるさ」
火田がそういえば、少女は笑みを浮かべた。
「そこまで下心があるのなら、遠慮なくこの水をいただこう」
少女が水を飲み干し、手の中の器を火田に差し出す。差し出された器を受け取る。さて、このあとはどうしようか、と首をかしげる。
「あー……。ごめんだけど、俺、また畑に戻らないといけないんだ。君はどうする?この村にいても好待遇は期待できないだろうし、王都に行くかい?それなら知り合いを紹介できるけど」
そもそも、どうしてこの少女が、この村に迷い込んできたのかがわからない。見たところ荷物を持っていない。旅行、というわけではなさそうだ。
「いえ、気になさらないでください」
「や、そうはいうけどさぁ」
火田としても、せっかく水を与えた相手が道中で倒れる、という事態は避けたい。このまま再び村から出て行ったとして、この少女がどこでどうなったかなど確認のしようもない。が、このまま村から見送れば、どこかで倒れたのではないかと不安でしょうがない。
「では、こうしましょう。私がこの村を出ていくまで、あなたはわたしを見送ってください。そこまでの足取りで、私が大丈夫だと安心していただけると思います」
そうは言うが、今いる位置から村の端まで、それほど距離があるわけでもない。かといって、この少女にずっと構っていられるほど時間的余裕がないのも事実。
「わかった。そうしよう」
歩き出す少女の隣を火田もあるく。村人数人とすれ違い、手をあげて挨拶としながら、村の端に到着する。
本当に短い距離なので、少女がこの先大丈夫かなど安心しようにも、安心などできようはずもない。
「じゃあ、本当に大丈夫か?遠慮してない?欲しかったら水のもう一杯でもあげれるけど」
「どうしてそこまで親切にしてくださるんです?大丈夫です。証拠をお見せしましょう」
火田が感じたのは、暖かさだった。もっとも、今までが寒かった、というわけではない。暖かさは、少女から感じ取ることができた。見れば、少女の背から燃える翼が生えている。
「……それ、熱くないのか?」
「この翼を見せて、私の体調を気にされたのは初めてです」
そんなに頼りなく見えますかね、と頬を膨らませる少女に、そういうところが子供っぽいのだ、と思った。
「大丈夫です。これはわたしの体の一部なので。さて、あなたは己の身も顧みず、わたしの面倒を見てくれました。お礼に、この村に鍛冶場ができるようにしてあげましょう」
「そりゃ……。できたらありがたいが、うちにはそんなものを運営できるような人はいないぞ?」
「えぇ、そうでしょう。ですから、鍛冶場を作るわけではなく、鍛冶場ができるようにしてあげるのです。ですが、一つお願いがあります。これから先、一年に一度、必ず村でヤグラを立て、そこに火を放ってください。そうすれば、この私の翼にかけて、村の発展をお約束します」
「それは一体どういうことだ」
「いいですか?お約束ですよ?」
少女はその言葉を最後に、翼をはためかせ空へと飛び立って行った。
残された火田は、困惑した。ヤグラを立てて燃やせと言われたこともそうだし、鍛冶場をできるようにする、という意味もよくわからない。
とにかく、言われた通りにしてみよう、とその日の畑仕事の終わったあと、即席のヤグラを立て、そこに火をつけた。特に何も起こることなくその日は終わった。
不思議なことが起こったのは、そのあとからだ。
村に鍛治師が流れ着き、鍛冶場を作り、みるみるうちに村で鍛治仕事ができるようになったのだ。
火田は慌てて村長にその話をした。
すると、村長も驚き、村では一年に一度、ヤグラを立て、それを燃やすと言う祭りが行われるようになったそうな。
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