【天使】痛いくせに、辛いくせに、それでも頼ってくれないくせに。

 何かに呼ばれたような気がしてイヨロイは目を開ける。

 まだ薄暗いな、と思い、時間を確認するために枕元の時計を確認する。

 午前4時。起きるにはまだ早い時間。

 たまにはいいか、と布団から体を引きずり出し、未練を断ち切るために布団をたたむ。

 いつもの流れで台所にいき、いつものように朝食を作ろうとして、はた、と手をとめる。いつも朝食を食べるのはだいたい7時。この時間に食べるのは流石に早すぎるだろう。朝食を作るために取り出した鍋を持って家を出る。

 まだ日も昇っていない外はまだ暗い。おまけに太陽がないために寒い。とにかく目的を終わらして早く家に入ろうと決意。

 扉の外にあるのは生活のためにためている雨水で、そこから鍋で水をひとすくい。再び家の中に入り、調理道具を入れている棚から拳大の火力石を取り出す。それを鍋に入れると、石が熱をもち鍋の中の水を温め始める。

 さて、これからお湯が沸くまで何をしようか、と家の中を見渡した。

 そういえば昨晩は久しぶりに酒を呑んで、布団に倒れこんで眠ったな、と思い出す。酒を呑む前に布団を敷き、仕事の汗を流した自分の判断は正しかったわけだ。昨日散々呑んだことを思い出すと、それまで意識していなかった頭の痛みが襲ってきた。

 とにかく昨日呑んだ後片付けだ。


 イヨロイが起きて家の中の片付けをし始めたのを見るものがあった。

 2人だ。

 イヨロイと同じ部屋の中にいるというのに、イヨロイが2人に注意を払う様子はない。

 見えていないので当然だとも思うし、仮に見られるとどうしたらいいかわからないので、このままがいいなと思う。

「やっぱり、昨日のことは覚えてないか」

「覚えられてたら大問題ですよ」

 2人の視線の先で、片付けを終えたイヨロイが、鍋からお湯をカップに移す。そのまま口に含み、湯気とともに吐息を履いた。

「あれだけ仕事から帰ってきた時には荒れてたのに、呑んで一晩経ったら元どおりとは。もう少し彼は誰かに不満をぶちまけるということを知るべきだと思うね」

「それができないから、昨日みたいに時々お酒に逃げるんですよね……」

 体に悪いとは思うが、誰に迷惑をかけているわけでもないし、ストレスの発散はできているのでそれでいいのだろう。将来的に誰か彼が日常の不満を打ち明けられる相手ができればいい。

「で、このあとどうする」

「無事に起きましたけどまだ早い時間です。お昼までは彼を見守って、それから次の職場にいきましょう」

「わかった」

 相方が頷いたのを確認して、イヨロイの様子を確認するためにイヨロイに視線を向ける。

「?」

「なんか、こっちみてないか?」

 確かに、イヨロイがカップを持ったままこちらを見ている。なにか後ろにあるのだろうかと思い後ろを見るが、そこには扉があるだけだ。

「?」

「あんたら誰だ」


 イヨロイはカップを持った状態で、目の前に突然現れた二人組に声をかけた。

 お湯を沸かし、一口飲んで、さて、これから出勤までもう一眠りするか、なにかして時間を潰そうか、と考えていた時のことだ。

 誰か、という問いかけに、二人組は反応しない。

 いや、反応としては、なぜか背後をふりかるというものがあったのだが。お前たちに聞いているんだよ。

「えっと……?」

「なぜかはわからないが見えているようだな」

 2人は2人だけで話をしている。ここは自分の部屋で、まずはどうしてここに入ってきているのかを説明するべきだと思うのだが。

「み、見えてますかー」

「バカにしてるのか」

 ここまでバカにされるのも珍しい。口論するのが面倒なので、社内では振られた仕事はさっさとこなすし、おかげで仕事がどんどん増える。自分の時間が削られ、自分の仕事ができなくなり、上司からは仕事のできないやつだと思われ始めているが、それはそれでいい。イヨロイの暗い狙いとしては、周囲の仕事を率先して奪っていき、イヨロイなしでは何もできなくなった状態で上司から退職勧告を受けることだ。

「で、なにしてるんだ。……あ、いやまて。もしかして俺が、昨日誘ったのか?」

 確かに昨日は仕事のイライラが抱えきれないほどになり、会社の隣で酒を買い込み、家に帰るのも我慢できず、呑みながら帰ってきた。途中で露店により、酒の肴を買い込んだ。そこまでははっきり覚えていて、そこから先は記憶が朧だ。こうして家にいて、先ほど片付けた台所を見るに、無事に帰ってきて散々酒を呑んだことはわかるのだが。

 目の前の2人は帰ってくる途中で誘って連れ帰ってきたのだろうか。

 酒は1人で呑みたいタイプだと思っていたのだが、ちがったか。

「どうなんだ?」

 そこで、今がまだ早い時間だと思い出す。

「今ならまだここから出て行っても誰かに見つかることはない。だからできれば早く出て行ってくれ」



 これは完全に見えているな、と冷や汗を流す。

 何がきっかけになるかはひとそれぞれだが、時折こうして見える体質になる人がいる。

「おい、これは夢だと思わせるぞ」

 相方が、こちらの耳元で囁く。そんな都合よくできるだろうか。

「あぁ、昨日誘われてな。普段と環境が違うからイマイチ熟睡できずにここで軽く時間を潰していたんだ」

「それは、悪いことをしたな」

「いや、俺たちも昨日はちょっと呑みたい気分だったんだ。普段なら、神に祈りを捧げて気分を鎮めるんだが、昨日はどうもそういう気分にならなくてな。あんたの誘いに乗ってしまった」

「そうだったのか」

「あぁ。だから、普段神に祈りを捧げている俺たちなら、あんたの悩みもきくことができるが、どうする?誰かに話せば楽になるかもしれんぞ」

 相方の言葉に、イヨロイが首をかしげる。不審に思われたか。

「や、誰かに愚痴漏らすんならまだいいが、見ず知らずの神様に愚痴こぼすのは、なんていうかな……。虫が良すぎる、というか、神様にしても、いきなり見ず知らずのおっさんに家に来られて不満言われても困るだろう」

「そういうものかね。神というものはそういうものだと思うが」

「まぁ、個人の考え方だ。せっかくの提案なのに悪いな」

「押し付けるものでもない。そちらがそれでいいのなら、こちらも強制はしない。では、家主と話ができたところで、私たちは帰らせてもらうよ。昨日はありがとう」

 相方が頭を下げたタイミングで、こちらも慌てて頭をさげる。イヨロイに見送られ、家を出た。

「き、きんちょーした……」

「ま、たまにはこういうこともある」

「ど、どうなりますかね」

「朝早いこともあって、多分この後二度寝する。夢だと思ってそれで終わりだろう」

 確かに、誰彼構わず相談するタイプではないが。

「でも、やっぱり頼ってはくれませんでしたね」

 神の話だ。きっと、どれだけ辛くても頼ってはくれないだろう。

「まぁ、ああいう人間がたまにはいないとな」

 そういう相方の顔は、なぜか誇らしげだ。こちらは誇らしさよりも心配が先に立つ。

「大丈夫かなー……」

 少し予定よりは早いが、もう家から出てしまった。イヨロイを見守るのはもう無理だろう。

 2人は次の人間を見守るために移動した。

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