【天使】苦しみよ、君よ、さようなら

 窓から見える空に、満月が輝いている。

 色は青。時折水面が揺らぐように光る月は、夜空にあれば視認するのは少し難しい。夜空の黒に色が近いからだ。

 その月を万感の思いを込めて見つめながら、リクは背後で聞こえる金属音に耳を傾ける。

 金属音には、人の声も伴っている。その声には様々な感情が込められているが、共通しているのは怒りだ。

 月から視線を切り、室内に目を向ける。

 広い、とは言えない室内だ。人が5人も入れば息苦しく感じる広さで、さらには室内にいる6人が全員武器の手入れをしているのだから、体を動かすたびに隣の人と体が当たる。

「リク、やっとここまできたな」

 手の中で、二本の短剣を手入れしている獣人が言葉を発した。犬耳だ。

 室内にいる人種は様々だ。先ほど言葉を発した獣人を筆頭に、翼を生やしたもの、肌の色が緑のものなど。外見だけで見れば共通項は少ないし、世間一般で言えば、仲が悪いとされる獣人と鳥人が一緒にいるのも珍しいかもしれない。

「あぁ。だが、ここからが辛いぞ。ここまでは俺たちの本懐を遂げるための準備でしかない。これまでは見逃してもらえてたが、これからやろうとしている作戦を実行すれば、間違いなくこれまで通りの生活は送れなくなるだろう。それでも、後悔はないな?」

「何を今更」

「……そう。……どのみち、やらないと、私たちにみらいはない」

「そういうこった。やらなくても死ぬんなら、やって後悔なく終わった方がいいだろ」

 言葉を発しなかった他の2人も、異論はないのか、黙々と武器を手入れする手を動かしている。

「わかった。では、作戦の確認だ。手を動かしながら聞いてほしい。なにか疑問に思えば、手を上げてくれ」

 作戦の概要は、

「敵の本拠地に乗り込んで敵のエネルギーの供給源を破壊する。以上」

「……いやいやいや」

「ん。どうした」

「どうしたっていうか、あの、他にもう少しあるだろう」

 全員の手が止まり、リクに視線を向ける。注目されたリクは首を傾げた。なにか間違ったことを言っただろうか。

「おい、どうするんだよ、こいつを引き込んだ木の妖精様よぉ」

「……いや、まさか、ここまで過激派に育つとは。……でも、現状を打破するためには必要」

 部屋の端に座り、武器である杖を膝の上に乗せ、杖にエネルギーを充填している緑の肌をした女性が申し訳なさそうにしている。

「おい犬。マナをいじめるんじゃない。縛って外に放り出すぞ」

 もうしわけありませんでしたー、とぞんざいな返事。まぁ謝るのなら許してやろう、とリクは頷く。

「では、もう少し話そうか。俺たちの敵の天使は、人間には攻撃できない。そういうふうに作られてるからな。奴らは人間を繁栄させるために作られ、他の種族を根絶するのが目的だ。では、人間である俺が、皆の一番前を歩き、皆を守る位置を進めばどうなる?一度マナを庇った時には、天使の攻撃が不自然な軌道でそれた。おそらく人間に攻撃が当たらないように設計されているんだ。だから、今回の作戦は、俺が先頭を歩き祭壇の中央にある偶像を破壊する。それだけで、天使達へのエネルギーの供給はとまり、人間以外の種族も安心して暮らせるはずだ」

「……。人間と多種族間で戦争がおきるぞ」

 確かに、人間は弱い種族だ。その人間を守っていた天使がいなくなってしまえば、人間の戦闘力は大きく低下。これまで天使がいるためにせめることができなかった種族が、人間に襲いかかるだろう。だが、まぁ。

「ここまで人の都市と他の種族の都市で同盟を組ませてきたのは、そうならないようにするためだ。まぁ、天使がいなくなればかなりの混乱が起きるだろうし、後世において、俺は人間から間違いなく恨まれるだろうが、それでも、こんないびつな社会は嫌だ。だから、俺は、天使を殺すよ」

 だいたい、天使がいない、人以外の種族しかない場所でも戦争は起こっているのだ。天使がいなくなっても戦争は起こるだろう。リクが望むのは、人間だけが優遇され、他の種族を奴隷のように扱う人間がいなくなることだ。

「こんな人間以外が苦しむ世の中を変えるため、天使を殺す。作戦の決行は海の月が沈むと同時。太陽が昇るまでがタイムリミットだ」

 皆を見渡す。武器の手入れはもう終わっていた。

「じゃ、作戦決行までもう少し時間がある。思い残しのないよう、それぞれ時間を過ごしてくれ」


 皆のいる部屋を出て、右に折れれば階段がある。

 階段を登れば、そこは月と星の光を直に浴びることのできる場所だ。

 しかし、そこは屋上として作られたわけではない。ちょうどここで建物が切り飛ばされ、結果的に屋上となっているのだ。

 月を見上げていると、リクに続いて屋上へと登ってくる足音が聞こえた。

 一歩一歩の感覚が長いことが特徴の、その足音の主は、直接見なくてもわかる。

「マナ。もう充填は終わったのか」

 振り返り、そこにいるであろう木の精霊を確認する。そこにはリクの想像通りに木の精霊であるマナが立っていた。

「……ええ。……本当にいいの?……あなたは人間よ。……別に天使がいてもいなくても生活に影響はない」

 確かにそうだ、と頷く。

 が、先ほどの宣言でも言った通りだ。

「拾われた俺は人間だっていう自覚があんまりないんだ。だから、人間の社会にうまく溶け込めない。森の中で獣人と過ごしたり、木の上で鳥人と過ごしたりする方が落ち着く。だから、天使に人間以外を殺されるとすごく困るんだ。生きる場所がなくなってしまう。だから、俺は、生きるために天使を殺すよ」

「……ごめんね?」

 なぜ謝るのだ、と憤りを感じる。

「……私たちが、もっとうまく人間と生活できるように育ててあげれば、こんな苦労、しなくても済んだのに」

「何言ってんだ。そんなのは関係ない。俺がそうしたいんだ。人間だけしか意思疎通できる相手がいないなんて、そんなの寂しすぎるだろう」

 多様性があってこその世界だ。もともといないのならそんなことも感じないのかもしれない。しかし、リクは知ってしまっている。だから、それは守らないといけないと思う。

「だから、天使は滅すよ」

 静かに、月と、星と、木の精霊に誓う。

 さぁ、これから最終決戦だ。

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