【龍】きっかけはたった一つを許されたこと
太陽の照らす大地の上を、こまめに休憩を挟みながら進む。
空には太陽が二つ出る時期で、輸送や配達を生業としている人が聞けば、正気を疑われるような蛮行だ。
この不毛の大地でも、住み着く人は住み着くし、そういった人達は大体が集団だ。そして、彼らは大体が街で暮らせなくなった人か、街で暮らすことを拒否した人たちで、つまりはこの大地で必死に生きている。それはもう、他の人からいろいろ奪って生き延びようとするぐらいに。
そんな場所をたった1人で歩けば、無言で襲ってくださいとアピールしているようなもので、砂の流れる音を聞き分けると言われる大地の住人にしてみれば格好の獲物だ。
しかし、それを十分に理解した上で、ソゴウは砂の大地を横断する。
もちろん、周囲に対する注意は行う。この場所では身の危険はすなわち死を意味するのだ。たとえソゴウに多少の防衛手段があったとしても、集団で押し寄せてくる相手にはどうしようもない。だから基本は遭遇しないこと。岩と砂の山に身を隠し、周囲を伺いながらの移動で、さらには休憩も挟まなければいけないので、ソゴウの移動は当然遅くなる。
やがて、ソゴウの目的地である洞窟が見えてきた。ここまでくればもう一安心だ、と安堵のため息をつく。
目的地が見えたことで、ソゴウの気は緩み、後ろから忍び寄る人影に気がつかなかった。
相手の攻撃をかわすことができたのは、本当に偶然だ。こまめな休憩を挟んでいたが、砂に足をとられよろめいたこと。
よろめき、低くなった頭の上を風がなぐ。
驚き後ろを振り返ると、いつのまに立っていたのか、数人の男が立っていた。
最悪だ、と歯ぎしりする。よりにもよってこのタイミングで。
「へへ。久しぶりの女だ。何を思ってこんな場所に来たかはしらねぇが、1人で来たのは間違いだったな。ここじゃ誰が死んでも、行方不明になっても誰も探しに来やしねぇ。俺らの自由で、今あんたの命は俺らの機嫌次第だ」
「逃げなさい。さもないとひどいわよ」
「は?ははは」
ソゴウの言葉に、笑い声をあげる男。リーダー格なのか、その男だけは頭にバンダナを巻いている。もっとも、ろくに洗濯などできない環境だ。汚れて元の色などわからないほどのそれは、バンダナというよりはボロ布といったほうが正しいかもしれない。
「おいおい。逃げる?俺たちが?それはこっちのセリフだ。ほらほら、さっさと逃げねぇと、死んだほうがいいと思える待遇が待ってるぞ!?」
「……そう。死んだほうがいい、と思ったのは一度や二度ではないのだけど」
「言うねぇ!だったら今度はちゃっかり殺してやるから、それまで絶望してくれよ!!」
ズドン、と大地が破裂した。
突然のことに驚く男達を他所に、ソゴウは額に手を当てた。砂でざらついた感覚が不快感を与える。
「警告、したわよね。はぁ……。また人を殺しちゃう」
「な、何いってやがる!あれがなにかわかってんのか!?」
「あれがなにか?そんなの、自分の目でみれば一番早いと思うけど」
打ち上げあられていた砂が落ち、砂を打ち上げた原因が姿を見せる。
砂を打ち上げた本人は、大きく身震いしてその身についた砂を吹き飛ばす。
「ど、どらごん……?」
砂をその身からふるい落としたのは、バンダナ男のいった通り、背中に翼をもった龍だ。言い伝えでしか存在を確認されていないようなものが、砂の下から現れた。
「ソゴウ。遅かったな。……その後ろの奴らは、む。武器を持っているな。では決まりに沿って、餌となってもらおうか」
ヒ、と引きつった声をあげたのは一体誰だったのだろう。ともかく、ソゴウに襲いかかろうとしていた男達は、龍に背を向け走り出した。この大地に住んでいるからか、足場の悪さをものともしないその速度に思わず感心する。が、それも一瞬。
男達の足が地面に食われた。
何が起こったかわからないのだろう。足元をみて、砂に埋まっているのを見た彼らはとりあえず足を抜いて走ろうとする。が、抜けない。それどころか足はどんどんと地面に吸い込まれていく。
「お、おい!なんだよこれ!!た、助けて!!」
「聞けぬ相談だ」
そういえば、とソゴウは背負ったバックの中から果物をいくつか取り出す。
「これ、約束してたもの」
「おお。ありがたい。こんな場所まで果物を持ってきてくれる相手はおらんし、おっても俺の姿を見ると逃げてしまうからなぁ」
まぁ、そうだろうな、とソゴウも思う。ソゴウだって、この砂漠に捨てられ、生死の境をさまよい、この龍に助けられていなければ、間違いなく逃げるだろう。
「他にも色々。本も路地裏に捨てられてたから持ってきたよ。どうしてか服着てない人しか書かれてないけど。こんなんでもいいの?」
「あー……。まぁ、そうかぁ」
なぜか果物の時とは反応が違う。が、まぁこの本はそれほど期待していなかったからだろう。内容も好みではなかったのかもしれない。
「とりあえず、洞窟の中に入れ。ここにいたらお前は干からびてしまう」
「あ、とりあえずお水のみたい」
「はいはい」
地面に差し出された翼を伝い龍の背中に移動する。
この砂漠に捨てられた時はどうしようかと悩み、生きることをあきらめていたが、こうして待っていてくれる相手がいるというのはありがたいな、と思いながら、ソゴウは龍の背中から話しかけ続けた。
龍が去った後には、ただ砂の広がる大地だけがあった。
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