【龍】これが何一つ守れなかった両腕です

 圧倒的な熱量が両手から伝わってくる。

 両腕を突き出した先には、炎があり、その炎の元には巨大な口がある。龍の口だ。つまり、この炎は龍の吐息であり、龍の攻撃手段としてはメジャーな者だ。

 ジュンは吹き出される炎に吹き飛ばされないように必死に踏ん張りながら、あれくらいでかい口があるのなら、炎なんて吹かなくとも噛み付けばそれでいいんじゃないか、と思う。もっとも、龍からすれば、人間に噛み付く方が難しいとは思うのだが。サイズ的に。

 どれほどそうしていただろう。

 だんだんと、炎の勢いが弱まっていき、ついには炎が消え去った。人間の使う火炎放射器でもそうだが、周囲に燃えるものがないのなら、相手の燃料が切れるまで耐えればいいだけなので、対応としては楽だ。

 炎に焼かれ、赤熱している腕から力を抜く。

 安堵のため息。

 今回は無事に守れた、とそう思う。

 ふと、風を感じた。風は、後ろ、背中の方から吹いている風で、しかしそうではない、と気がつく。嫌な予感に顔をあげれば、案の定だ。龍が息を吸っている。

 まぁ、そうだよな、と思う。龍にとって炎を吐くことは、人間でいう深呼吸みたいなもので、別に回数制限のある必殺技でもなんでもない。あからさまに消耗しているジュンを見て、あと数回炎を吐いてやれば突破できると判断したのだろう。

 確かに、その判断は正しい。

 もっとも、それは相手がジュン1人だけの場合だが。

「来いよ英雄!!次はお前だ!!」

 呼びかける。

 呼びかけに応えるかのように、ジュンの後ろから人が飛び出した。

 それを見届け、自分が無事にあの人を守れたのだ、という安心が、ジュンの体から力を奪った。体が重い。今回はちゃんと守りきれたのだから、後悔はない、と地面に仰向けに倒れこんだ。


***


 龍の口から炎が途切れた。

 ならば、自分の出番だ、と地面を蹴った。

 炎に対する壁となっていた人が、何かを叫んでいたが、その叫びを聞くまでもなく、次は自分だとわかっている。

 ソウが構えるのは一振りの槍だ。龍殺しの槍として由緒あるものらしいが、その効果を最大限に発揮するため、龍の口内に突き刺さなければいけない。だから、龍に口を開かせる必要があったし、第1波をしのいで、第2波がくるまでの間に槍を突き刺す必要がある。

 一度は失敗した自分に、このような大役が回ってくるとは思ってもいなかったが、他にできる人がいない、と尊敬する人に託されれば、その期待に応えよう、と思える程度にはまだ自分に意地が残っていた。

 髪をなびかせ、龍の口内に全力疾走。

 目の前の龍には悪いと思うが、このままここに居座られてもこっちが迷惑するだけだし、共生することはできない存在だ。だったらここで狩らねばならない。

「え、まず」

 龍が炎を吐く時は、ある一定まで貯めてから炎を吐き出す。理由はわからないが、どうやらそうしないと安定しないのだろう、と誰かが言っていた。会議の内容は難しかったのでよく覚えていない。

 とにかく、今大事なのは、龍が思っていたよりも早くチャージを済ませてこちらを焼こうと炎を吐こうとしていることだ。このままでは間に合わない。

「そりゃ!」

 走っているから間に合わないのだ、と気がついた。幸い、残っている距離はそう多くない。槍を投げれば届く程度の距離だ。

 だから、投げた。

 槍を提供してくれた組織が見れば絶叫する光景で、しかし、おかげで槍は無事に龍の口に突き刺さった。

 龍はその場でもがく。ふと、もがいていた龍がこちらを見た気がした。

 やばいかもしれない、と思ったのは、首の後ろに寒気が走ったからだ。

 龍が、首を地面に叩きつけ、口を開き、炎を吐いた。

 最初の炎に比べれば、それは弱々しいものだったが、人1人を焼くには十分役目を果たせる程度の炎だ。

 相討ちかぁ、と動かない体で、炎を見ていると、目の前に立ちふさがる人影。

「ジュン!?」

 それは、先ほど腕を真っ赤に燃やしていたジュンだ。未だその両手は赤く、とても炎を受け止めれるような状態ではないのだが、それでも両腕を前に突き出し、炎を受け止めた。

 本当に最後の悪あがきだったのだろう。 

 今度の炎はすぐに止み、龍もそれきり動かなくなった。

 それを認めて、ジュンも膝から崩れ落ち、ソウは慌ててジュンを抱きとめる。

「おい!なにやってんだよ!」

「そりゃ、女を守るのは男の役目だし」

 確かに守られたが、今はそれどころではない。ジュンの腕が真っ黒に焦げているのだ。

「こ、この腕、大丈夫なのかよ!」

「あー。大丈夫じゃない。が、ドクターにいえばどうにかしてくれるだろう。ラスボスの龍も討伐したんだ。この腕も本望だろうさ」

「じゃ、帰らないとね」

 ジュンが、笑って、首を左に振った。

「迎えが来たよ」

 顔を振った方を見れば、窓から上半身を乗り出した数人の男の乗った車がこちらに向かって走ってきていた。

「帰ろうか」

 これまでの苦労を思い返し、じんわりと湧き上がってくる達成感に、未だ現実感が伴ってこない。これから龍討伐の後処理をしていればその実感も湧いてくるだろう、と未来に思いを馳せながら、迎えの車に手を振った。

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