【龍】目を見て話せよ、卑怯者。

 ゴトリ、という思い音で来客に気がつく。

 物音がしない限り来客に気がつかないことは問題だと思うのだが、なにせここはただの受付であり、何か盗んでいけるようなものがあるわけでもない。店内にはいろいろあるといえばあるのだが、どれも盗む価値がないものだと言った方が正しいか。

 ともあれ、物音がしたので、時間つぶしのために持ち込んでいる針と糸を脇に置き、来客に目を向ける。

 ……あ、いつもの人ですね。

 カウンターに置かれているのは折れたツルハシで、このツルハシを見たのも、今店に来ている人を見るのも、初めてではない。その人の特徴は、顔全体を布で覆っていることと、頭の上になにか突起が、これもまた布に覆われた状態で乗っていることだ。

「今回も修理ですね。前回持ってこられたものは、もう完成していますが、持って行かれますか?」

 コクリ、と馴染みの客は頷く。頭の上にあるのは、飾り、なのだろうか。くるたびに疑問に思うのだが、結局聞けずじまいだ。

「少々お待ちください」

 一度立ち上がり、店の奥から修理の終わったツルハシを持ってくる。金物の修理は確かにしているが、ここまで頻繁に持ち込んでくる人も珍しい。よほど硬い岩盤でも掘っているのだろうか。

「1800サンドです」

 打ち上がりの費用を伝えると、ターバンの人はいつものように金の粒を二つカウンターに置いた。いつものことだが、いつものように困り顔。

「あの、多すぎるのでこんなにもらえません」

 置かれた金の粒は、一粒だけで言った金額の10倍の価値がある。多少多いぐらいならいいが、貰いすぎは良くない。厄介ごとの種だ。

 が、やはり首を左右にふり、受け取りそうにない。今日ばかりは引き取って貰わなければ、と口を開けば、カウンターに一枚の紙が置かれた。

 不思議に思いながらも、それを手に取る。

『この姿を不気味に思って、話すことすらしてもらえぬ身。この金は、感謝の気持ちだ。受け取って欲しい』

 確かに、首から上の素肌が全く見えないのは、怪しいと言えば怪しいが、対応を拒否するほどでは無いと思う。それを言おうと顔を上げると、そこには誰もいなかった。仕方なく、もらったものを持って店の奥へと向かう。

「またいつもみたいに砂金置いて行っちゃった」

「あぁ?あぁ」

 声をかけるのは、窯に向かい、赤くなった鉄に金槌を振るう男だ。

「あ、でも今日は意思疎通に成功だよ!他の店だと相手にしてもらえないってことらしいけど、そんなに不気味かな」

 置いていかれた紙を見ながら旦那であるファブに話しかけると、珍しく金槌を置いてため息をこぼした。側頭部から生えている角を軽く撫で、ヤイカに顔を向ける。

「そりゃ、龍神を信仰してる奴に関わりたいとは思わんだろ」

「リュウジン」

 単語の意味がわからず首を傾げる。意味は分からないが、もっとわからないことがある。

「そのリュウジンっていうのを信仰してたら何がいけないの?」

 その疑問が生じる理由は。

「だって、みんな色々崇めてるよね?砂とか、牛とか、あ、あと変な棒とか」

 時折商品を持っていくこともあるが、そこではいろんなものを祀っていて、首を傾げたことも一度や二度ではない。特に、最後の棒。周囲の人に聞いてもなぜか言葉を濁すか、笑みを浮かべてヤイカの肩を叩いてくるのはなぜだ。

「あぁー。海外勢だとその辺うまく理解できないか」

 ファブは自分の頭のツノを指差す。

「これ、どう思う?」

「?ツノだなーって」

 見たまま角だ。それ以上のものではない。家を出て買い物に出たりする時には、その角がなくなっていたりするので不思議だな、とは思うが、別に実生活に支障をきたしているわけではない。つまり、ただの角だ。

「これ、他に生えてるやつを見たことは?」

 街を歩いていれば、色々な特徴を持った人とすれ違う。尻尾の生えた者、翼の生えた者、鱗の生えた者や首が2本あるもの。が、しかし。

「そういえば見たことないね。まぁ個性個性」

「その一言で片付ける感性がすげぇわ……。まぁ、だから一緒に暮らせてるんだけど」

 うちの旦那はたまによくわからないことをいう。とりあえず、話が逸れている。

「それで?リュウジンってなに?」

「この国の建国時代に遡るんだが、まぁ、今の国王の祖先と龍神は土地を巡って争ったわけだ。で、国王が勝ったからここに国を建てた。その時のことがきっかけで、王家は龍神を敵対視していて、その因縁を知ってるから、みんな龍神を信仰してる奴らとはあまり親しくしないのさ」

 首を傾げる。つまり、

「親が喧嘩した相手だから子供も仲良くしないってこと?」

「……いや、え?えぇ?そういうことになるのか?」

 ファブが首を傾げてしまった。

「そういうことなら、まぁ私たちがお客として扱う分には問題ないね。うーん。じゃ、これどうしようか」

 手の中にある、金の粒に目を落とす。

「やっぱり、俺みたいな卑怯者にお前はまぶしすぎるわ」

「あ、また目ぇ逸らしてる。別にいいよ、卑怯者とか。私が好きでここに居るんだから」

 この国に流れ着いて、困っているところを助けてくれたのはファブだけなのだ。確かに時々挙動不審になったり引きこもったりもするが、基本的に優しいのとふとした気遣いが一緒にいて楽なので、自分の意思で隣にいることを決めたのだ。

 時折呟く卑怯者という意味はよくわからないが。

「あ、そういえば、ファブもターバン巻いたらリュウジン祀ってる人たちと同じ格好だね」

「ブッ!」

 なぜかファブが吹き出し、挙動不審になった。

 来客を知らせる鐘の音がなり、ヤイカは来客の対応をするため表へと向かうのだった。

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