【龍】あなたは死なないものだと思っていました


「ここであったが百年目!!邪竜!覚悟!」

 溶岩の中でまどろんでいると、怒鳴り声が聞こえてきた。

 もうすっかり慣れてしまったので、ややうんざりしながら目を声のした方へと向けると、案の定、そこには全身を鎧で覆った人物が立っていた。

 あぁ、もう勇者が襲来してくる時期か、と季節の移り変わりを実感し、今回はよく寝たな、とあくびをこぼす。

「なにっ!貴様!宿敵たる俺がこうして貴様の命を狙ってきたというのに!そのあくびはなんだ!」

『そうは言うがね。一度でも儂といい勝負をしたことがあったかね?』

 溶岩が照らす崖の上で、勇者が無言で剣を抜いた。毎度やってくるたびに、剣は溶岩の中で溶けているので、勇者が持っている剣はいつも違う。今回の剣は、片刃で、峰が金色をしているようだ。

『こらこら。指摘されたくなかったことを言われたからと言って、無言で剣を向けるもんじゃない』

「う、うるさい!今回こそは成果を上げて帰るのだ!」

『そういえば、今回は1人か?いつもはだいたい4人から5人くらいのパーティーできておっただろう』

「ふふん。聞いて驚け。俺は気がついたのだ。いつも何人かで冒険をするから経験値が分散され、俺のレベルが足りないのだと。ならば、俺1人でここまでくれば、分散していた経験値で、俺のレベルを高めればいいのだと!」

 そういう考えかたもあるか?と納得しかけたが、勇者の目がわずかに潤んでいるのが見えた。

『そうか……。ついに一緒に冒険してくれる相手がいなくなったか……』

「こらそこ!勝手な妄想をするのはやめろ」

『や、すまない。あまりにも不憫でな』

「もう許さん!今回という今回は、何があってもお前を倒す!倒してお前の首を国王に献上し、俺は王国の一等地で自由に暮らすのだ!」

 勇者が崖から飛び降りた。普通の人であればそのまま溶岩に落ちて死んでしまうところを、さすが勇者と言うべきか。何もないはずの場所に着地すると、足場などないはずなのに空中を走ってくる。

 相変わらず訳のわからん移動をするな、と感心する一方で、それだけだ、とも思う。

 走ってきているのなら、範囲攻撃で撃退すればいいだけのこと。龍は、翼を振るった。少し溜めて、横に振るえば、確かな手応え。翼に当たって、しかし、想像とは違う感覚。翼の上を、何かが移動している。この状況で、翼の上を移動しているものなど、勇者以外にありえない。

 どうやら、振るった翼に着地し、そのまま翼の上を走っているようだ。

 なかなか器用なことをする、とは思うが、それだけだ。

 動かしていた翼はそのままに、溶岩に背中から沈むように体を動かす。

 勇者が走っていた翼の面は、背中側で、当然勇者は溶岩に叩きつけられた。

 鎧が溶けているのが、溶岩の中で見えたので、勇者は間違いなく溶岩にダイヴしたのだろう。どれだけ強くなっても、なぜか溶岩に対する耐性は獲得しないのでこれで勇者は終わりだ。あれだけ騒がしかったと言うのに、戦ってしまえばものの数瞬で終わってしまう。

 せっかく目が覚めたので、目覚めの運動と食料の調達を兼ねて、少し飛ぶことにする。

 

 火山の中から飛び出すと、いつものように山頂からわずかに溶岩が漏れ出した。

 山の斜面を赤い溶岩が垂れていく。一度溶岩が森にたどり着き周囲が燃えてしまったことがあるが、今回はどうだろう。大丈夫だろうか。燃えたら燃えた時のことか、と視線を切り、龍は地表に目を向ける。起き抜けなので、なにか大きめのものが食べたい。

 空を飛んでいると、少し離れた場所森の切れ目に、なにやら建築物が見えた。興味を覚えてそちらに飛んでいく。

 近寄れば、それが止まり木にするにはちょうど良さそうな大きさだと気がついた。

 とりあえず、その建物の上をぐるりと一周。

 すでに誰かのものであれば、こうすれば威嚇の声が聞こえてくるはずで、聞こえてこないということは、この建物はまだ誰のものでもないということだ。

 耐久性を確かめるために、上空から勢いをつけて着地。

 それだけで、建物のほとんどが崩壊してしまった。

 なかなかいい止まり木がないな、と落胆し、翼を広げて空へと舞い戻る。

 その後、ちょうどいい大きさの獲物が見つかったので、その場で久しぶりの食事とする。

 空腹を満たし、気が済んだ龍は、ふたたび溶岩の中に身を沈め、眠りについた。



「龍よ!そこにいるのはわかっている!!大人しく姿を現せ!!さもなくば我の氷結魔法でもって、溶岩ごと凍らせてやろう!!」

「わー!!かっこいいー!!」

 なにやら騒がしいな、と目を開け溶岩から顔を覗かせる。

 崖の上に、4人の人間が立っていた。

 が、そこにこの前まで来ていた勇者の姿はない。

 思わず動揺し、動揺した自分にさらに動揺する。

『おい。この前まで儂のところに来ていた勇者はどうした?』

「出たな邪竜!!訳のわからんことを言いやがって!」

「魔力は溜まっているぞ!やれ!!」

 崖の上の集団が、何かを仕掛けてくる。それらを、尻尾ではたき落とし、崖を叩き壊して4人全員を溶岩に沈める。

『あぁ、あの勇者はもう死んだのか』

 自分の身に広がる寂寥に、龍は、あの騒がしい勇者のことが好きだったのだな、と気がついた。もうあの勇者は現れない。

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