【龍】君が辛いままなら嫌だよ

 木々の隙間からこぼれ落ちる太陽の光。その太陽の光が作り出す光の影に隠れるようにして、巨大な体を横たえている生き物がいた。大きい。周囲の木々は数千年にわたって人の手が入ってないため、木の幹はかなり太いのだが、その巨木が横に4本並んでやっとその巨体を隠せるほどだ。さらに、その生物は体を丸めた状態で、体を伸ばせば一体どれほどの大きさになるのか。少なくとも、この近辺にあるような田舎の建物よりは大きいだろう。

 その生き物が動いた。動いたのは頭で、胴から伸びる長い首は動くことなく、地面に着けていた頭をわずかに宙に浮かせた。

 目を開き見つめるのは光の先の木々の隙間だ。

 初めは微かな足音で、時間とともに金属同士が打ち鳴らす高い音と、足音の持ち主の息遣いも聞こえてくる。

 やがて、森の中の光の泉に、1人の女性が現れた。体を鎧で守り、腰には剣を佩ている。

『またきたのか。いい加減、この森から離れると言うことを覚えなさい。あなたも人間では親離れをする時期でしょう』

 巨体が喋った。その声は、巨体には見合わない声量で、いや、多分本人かなり小声で話しているつもりだろうけど、十分に聞き取れるってことはやっぱり巨体に見合った声量なのか。

 とにかく森の中を駆けてきて、声を掛けられた女騎士とでも言うべき格好の女性は、ほおを膨らませる。

「親離れならとっくにしてますー。捨てられたのを、親離れっていうかはわかんないけど」

 この子はすぐに自虐に走る、とため息を吐きそうになるのを必死にこらえる。ため息をついてしまえば目の前に立っている女性を飛ばしてしまうからだ。

『ウェミー、安全にここまでこれるのはわかってるけど、人の里で暮らすと決めたのなら、ここに通うのはやめなさい。ここは龍が住む森だよ。確かに、あんたの育った家でもあるけど』

 ウェミーとよばれた女性は、光の中から巨体、龍の方へと歩みを進める。その動作は、息を整えながらで、龍に対する恐れはない。

「やぁ、流石に森の中で迷って、でかいイノシシに追いかけられたときは、流石に死ぬかと思ったよね。そのあとここにたどり着いて龍がいたときは驚いてそれどころじゃ無かったけど」

 確かに、とあの時のことを思い出す。まさか森の中に幼女が現れるとは思わなかったのだ。だから、驚きのあまり頭を上げてしまった。あそこで頭を上げなければ、隠遁の魔法が解けることはなかっただろうに。魔法がとけたことで幼女に見つかり、つい育てることにしてしまった。

『ウェイミー』

 少し強い言葉をかければ、龍の体にもたれかかってきたウェミーがため息をついた。

「わかってるよ。わかってる。だから、ここにくるのは今日でおしまい。私ね、王国の近衛兵に採用されるかもしれないの」

『近衛兵に?』

 思わぬ言葉が、思わぬ人から出たことに、龍は思わず動揺する。そんな、田舎の小娘が簡単になれるような職ではなかったと記憶しているのだが。それとも、この考えが古いのだろうか。

「そ。近衛兵になってー。お金稼いでー。向こうで結婚……は、するかどうかわかんないけど」

 外見は美人なのに、相手に求める判断基準が自分よりも強いことだと言うのは、自分の教育方針が間違っていたのだろうか、と龍は種族差の難しさを考える。

『ウェイミーの人生よ。好きに生きなさい』

「ねぇ、私がここに来なくなっても、あなたはさみしくない?辛くない?」

『大丈夫。いったい何年ここで暮らしてきたと思ってるの?また元の暮らしにもどるだけ』

 それからしばらくは、ウェイミーと出会ってからの思い出話に花を咲かせた。やがて、日が暮れ、森に差し込む光は月光となった。

『結局、今日はここに泊まるのね』

「最後の夜だもの。出来るだけ長く一緒にいたいじゃない」

 ウェイミーが笑って、龍に体を預けてくる。少し肌寒くなってきたので、かるく温風を吹かせて温まる。

「あー。龍の温風久しぶり。これ浴びるとよく寝れるのよ」

 そう言いながら、言葉の後半はもうすでに眠っている。自分も、今夜は月の光を見ながら眠ろうと決意。

 日が変わり、ウェイミーは新しい家へと旅立っていった。



「え……うそ」

 今聞いた言葉が信じられない。

 今目の前の光景が信じられない。

 今、目の前の人は、いったいどこに向かって進軍していると言った?

「嘘などつかぬ。俺は正直な人間だからな。その点、嘘をつけぬお前には親近感を覚えていたものだ。もっとも、いつでも真実を話すことが良いことであるとはいいとは言わぬ。そのあたりは十分に弁えねばならぬ」

 馬に乗り、一切進む速度を緩めることなく、その視線をそらすことなく、私の仕えている人は前に進む。その先に何があるのかを聞かされ、私は動揺する。

「そら、どうした。もう用事はすんだのか?では、新たな用事ができたのではないか?用事は早く済ませねばならんぞ」

 その言葉は、ハッタリだったのかもしれない。しかし、これだけの規模の人を動員しているのだ。おそらく、もう引き止められる段階は超えている。

 馬が止まる。

 軍勢が止まる。

 王が、右手を挙げた。

「では、諸君。前に進む準備はできているな?これより、龍の住むとされる森に突入する。覚悟せよ。ここにいる娘より、森の中の生き物は皆強大で、われらの想像とは異なる生態系をしているらしい。もっとも、この森を制圧し、その奥に住むと言われる龍を狩ることができれば、我らに与えられる名誉はいかほどか。よって、諸君。前に進むぞ。これより我らは神話の時代以来の偉業をなす」

 王が、右手を振るった。

「では、全軍、進めぇ!」

 軍勢が前に進み出した。私が止めることはもうできない。

 そして、私は風を感じた。

「あぁ、よかった。ちゃんとわかってたんだね」

 上空を見れば、そこには龍が飛んでいた。

 赤い炎をその開いた口に溜め込んで。

 一瞬ののち、私は炎に包まれた。

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