【龍】私など殺していいから、あなたはどうか幸せに
後ろからの風が、アルトから見て正面、ルギスのいる方へとアルトの髪を靡かせる。
座り、楽な体勢で風を感じる余裕のあるアルトとは対照的に、ルギスは立った状態。それも、両手には剣、背中にもいくつもの武器を装備している。物騒だな、と思うが、同時にそれも仕方がないなと納得している。
「ねぇ、ルギス。そんなところに立ってないで、こっちにいらっしゃいよ。お茶は出せないけど、一緒に景色を楽しむことはできるわ」
「そこで、燃える世界を楽しめって?冗談じゃない。アルト。お前の趣味変わったよな」
首を左右にふる。何もわかっていない。
「違う。私の趣味が変わったわけじゃない。皆が変わって、皆が私をこうしたのよ」
くだらない、と吐き捨てたのが聞こえずとも口の動きでわかった。まぁそうだよね、と口には出さないがルギスの考えはよくわかる。アルトもそう思っているからだ。
「だから、ね。私の邪魔をするっていうんなら、たとえルギスでも手加減はしないわよ?」
「は?俺が体の上を走り回っていたのに、そのことにすら気がつけない鈍感な龍と、その龍に乗ってるだけのアルトに何ができるっていうんだ」
「言われてるわよ。ほんと、どうして気がつかないのかしら。普通体の上を何かが動いてたらわかるでしょう」
『龍とは些細なことなど気にせぬものだ』
言葉が下から来た。
が、そのことに驚くものはここにはいない。
当然だ。今2人の足元にあるのは地面ではなく龍の背中なのだから。
アルトは肘掛に使っている龍の角を撫でながら、正面の幼馴染に声を掛ける。
「ねぇ。そもそもどうして私の邪魔をするの?私、あなたに結構つくしてきたと思うんだけど」
「そうだな。いろいろつくして俺の人間関係片っ端からぶっ壊していったよな。何されても正面から受け止めて相手の真意を図ろうとするルティアが現れなかったら、多分お前の言うこと信じて、世界を恨んでたかもしれない」
またあの女か、と思わず龍の角を思い切り握り込む。最後の最後でさえも、アルトに手を差し伸べ、一緒に生きようと言った、忌々しいあの女。
「そう。でも、あの女ももういない。結局、あなたは好きな女をボロボロにした私が憎くて私の邪魔をするんでしょう?」
「確かに、お前を全力で殴ることに、ルティアのことが関係ないか、と言われれば、否定はできない。でもな、ここ出る前に、ルティアが言ったんだ。お前を助けてくれって。だったら、まぁ、被害者本人の意思無視して加害者に制裁加えるのも間違いだろ」
だから、とルギスが武器を構えた。
「そっから引き摺り下ろしてルティアに直接謝ってもらう」
「できるものならやってみなさい」
***
目の前、龍の頭に乗っている女性を見据える。龍の頭から生えている角を肘掛にし、こちらを気だるげに見据えている彼女は、足元にいる龍を使って、人の住む場所を焼き尽くそうとしている。この大陸に人の住む場所は多くあり、今も龍の下を国が一つ後ろへと過ぎていったが、一番初めに焼き尽くそうとしているのは、ルギスとアルトの生まれた国だろう。
走った。龍の背中だ。動く。走りにくい。
正直に言って、ルギスもあの国にはあまりいい思い出がない。たまにやってくる貴族は、人をさらうか、ものを奪うか、暴力を振るうかの選択肢しか持っていないし、生活が裕福だったわけではない。傭兵として国外に出ることの多かったルギスだが、生活の拠点を移そうと思ったことも幾度もある。
正面からくる風が強くなった。速度を上げたのか。姿勢を低くさらに走る。
あの国から出なかったのは、途中までは完全に惰性だった。仕事で他国に渡り、仕事をして、仕事が終わった後の打ち上げで、このままそこに居座ろうと思ったことも幾度かある。それをしなかったのは、借家に道具があるだとか、大家に借りがあるだとか、いろいろ理由はつけていたが、アルトの存在もあったのだろう。
地面が傾き始めた。体をひねっているのか、と舌打ち。アルトまでの数メートルが遠い。
ともに育ち、幼馴染のアルトは、ルギスが仕事から帰ってくると真っ先に迎えてくれた。他国に引っ越した時、その関係を築けるだけの相手を作れるかどうか、という不安も、おそらく漠然とあったのだろう。その後であったルティアとは、自然と国外で暮らそうと打ち明けられたので、結局自分はそこまでアルトに腹を割って話ができていなかった、というだけのような気もするが。
地面に傾斜がついた。龍が上昇しているのだ。歯を食いしばり、体をさらに倒して登坂する。
ルティアと国外に引っ越しをすると決めた時、なんとなく後ろめたくてアルトにはなにも言わずに国を出た。ルティアはアルトには打ち明けた方がいいのではないか、と言っていたのだが、ルギスも意固地になっていた。アルトにはいつもの仕事だと言っておけばいいと、引っ越しのことは伝えなかった。
もう少しでアルトに剣が届く。詳しいことはよくわからなかったが、足元の龍はアルトをしばけば消えるらしい。上空で龍が消えれば、当然落下し、墜落しするんじゃね?と思ったが、その辺はルティアがどうにかしてくれると言っていた。や、まだ怪我も完全に癒えていないのに申し訳ない。
引っ越し先にアルトが来たのは、引っ越してから一年が経った頃だ。家の玄関にアルトが立っているのをみたとき、不倫常習犯の同僚の言葉が脳裏をよぎった。曰く、家に不倫相手が来たら修羅場と思え。まったくそんな気は無かったのだが、その場はアルトが笑顔を浮かべただけで立ち去り何も起きなかった。
後一歩かな。や、もう一歩踏み出しとこう。剣を振るった。普段はしない使い方だ。剣の側面が、アルトをぶっ叩いた。
家に入ると怪我をしたルティアがいた。慌てて駆け寄れば、戦場で嗅ぎ慣れたあの匂い。抱き上げる。慌てて病院に行こうとするルギスを、外でもないルティアが止めた。なんでもアルトが龍を召喚して国を滅ぼそうとしているのだとか。龍とかどこの英雄譚だ、と思ったのだが、そのときに響いた咆哮で、それが現実だと思い知らされた。
足元の龍がだんだんと薄れていった。どう言う原理だ、と思ったが、戦場に長いこといればこの手の不思議は頭で考えるよりも感覚を信じた方がいいと知っている。だから、剣で叩かれ気を失っているアルトを抱えた。
足場が消えているので、当然落ちる。
ルティアがどうにかしてくれる、と言っていたので、それを信じて地面を見据える。
と、急に落下の速度が落ちた。なにごとか、と思っていると、隣にルティアがいた。
「は?」
見れば、ルティアの背中には翼が生えている。
「よかった!無事にアルトを助けれたんだね!……その怪我なに?」
はて、怪我などしていただろうか、と首を傾げたら、ルティアがアルトを指差している。
「ああ、しばいたら龍が消えるっていってたから、剣でしばいた」
「ばかー!!」
落下の速度が急に上がった。このまま助かるのだと安心しきっていたので、落差で恐怖は倍増だ。みるみるうちに地面が近づいてくる。
そこでふたたび落下の速度が緩くなった。
隣にルティアが舞い戻ってくる。
「お、お前は俺を殺す気か!」
「女の人の顔を剣で殴るからです」
一発しばけっていったのおまえじゃねぇか、という抗議は聞き入れてくれそうに無かったので、とりあえず視線で訴えるだけにしておく。
「でも、2人とも無事でよかった。アルトがいきなり来て、ルギスと2人で幸せに、とか言って襲ってきたときはどうしようかと思ったけど」
「それよりも、その翼はなんだよ」
「え?あぁ、これ?私天使だもん。これくらいいつでも出せるよ」
天使だの龍だの、最近常識が通用しないなぁ、とルギスは嘆息を漏らした。
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