【鬼】無傷を装い血を流す
血液が地面に吸われる。
血を吸った地面は、みるみるうちにその硬さを無くす。
わずかな血で底なし沼の様相を呈している地面に体が沈んでいくのを感じながら、流石に格好をつけすぎたか、と満足しつつも後悔する。
しかしまぁ、あの状況ではああするしかなかったよな、と己の行動が間違いでなかったと自己肯定。
なにしろああでもしなければ、きっと彼らは己を責める。己を責めて、せっかく守ったのに攻め入られる口実を作り、滅んでしまうだろう。それは本意ではない。だから、これは正しいことなのだ。
血を失い、ここで倒れたのも計算のうち。村からそう離れていない大地で力尽きてしまっては、彼らに己の死が知られてしまう。だから、ここだ。たとえわずかな雨でも人を飲み込む大地と化すここは、神隠しの頻発する場所として知られていて、めったに人が通らない。
神隠しの名所で、鬼が消えると言うのも悪くはない。
こうなるすべてのきっかけはおよそ3ヶ月前に遡る
世間一般でいう鬼の特徴として、攻撃力と防御力に秀でている、というものがある。確かに、人に比べれば、拳で殴った時の破壊力は格段に高いだろう。市販の刃物で切りつけても鬼の肌を傷つけることはできないので、防御力も高いかもしれない。
しかし、そんな長所ばかりならば、鬼の率いる部隊はたやすく天下を統一したであろう。
が、そうはなっていない。
ならばそこにはそれなりの理由があり、その理由というのが、燃費の悪さである。
腹が減るのだ。どうしようもなく。
だから、鬼の部隊というのは必要な糧食の数が膨大となり、とてもではないが維持できない。
で、何が言いたいのかというと。
「腹が減った……」
砂浜の上に、倒れこみ、潮騒をうるさく思う。しかし、青鬼は動けなかった。理由は空腹だ。
鬼の空腹は、他の生物の空腹と異なる。
何が異なるかといえば、空腹の周期と、空腹時の出力が異常に落ちるのだ。青鬼の個人的な感覚で言えば、満腹時が10とするなら空腹時は1くらい。日常生活に支障をきたすほどだ。
だから、鬼は一日6食が基本だ。
このまま潮が満ちれば波にさらわれるな、と思うが、それまで意識を保っていられるだろうか。意識がない状態で海に沈むのなら、それはそれでいい終わり方かもしれないな、とぼんやり思う。
青鬼の目の前に二つの足が映った。草履を履いた足で、白いそれは、ひどく甘美な匂いがする。空腹の一歩手前なら、問答無用で噛り付いていたかもしれない。ただ、目の前に立った人物に幸いなことに、青鬼はそんなことをする体力も残っていない。
視線だけで足の持ち主を確認する。
甘美な匂いに見合うだけの美人がいた。人間だ。
「なにやってんのさ。あんた鬼だろ?」
まぁ、鬼だろと言われれば間違いなく鬼なのだが。何をやっているのか、と問われれば、空腹で倒れているとしか答えようがない。口を開く余力もないので答えることができないのだが。喋れずとも、腹は鳴る。
「なんだい。腹減ってんの?仕方がないね」
なにをするつもりだ、と思っていると、青鬼の口元に魚が差し出された。何もせずにいると、人間は青鬼の口の中に魚をまるまる突っ込んできた。
思わず嚥下。
体力ゲージがわずかに回復。どうにか喋れるぐらいの体力だ。
「空腹で動けません。もっと何かください」
「いいよ。いいけど、一つ条件がある。その条件を飲めるってんなら、追加で食べさせてあげよう」
今を逃せばもう食事にありつけないかもしれない。青鬼はできるだけの全力で条件を飲むことを伝える。
「よし、じゃ、口開けな。口の中におしこめるだけ魚を突っ込んでやろう」
流石に飲み込む前から魚を口に差し込まれるのはいやだなぁと思ったが、贅沢も言ってられないし、そんなことはしないだろう、という楽観で、青鬼は口を開けた。
結論から言えば、青鬼の楽観は裏切られることとなった。
飲み込む一歩前から、魚を口の中に入れ続ける人間のせいで、もうすこしで魚で窒息するところだった。どんなギャグだ。
「で、条件とは?」
「うちの村さ、あと3ヶ月後くらいに偉い人に攻め込まれるのよ」
なるほど、と思う。それまで村に滞在し、攻めてきた相手を追い返せばいいというわけか。
「だから、3ヶ月後くらいにうちの村きて助太刀してくれない?それまでは自由にしてくれてていいから。っていうか、村には近づかないでくれない?鬼を養えるだけの食料なんて全然ないから」
ちょっと都合が良すぎないだろうか、と思うも、まぁろくに条件の確認もせずに同意したのだ。自分が悪い。青鬼は3ヶ月後に村に訪れることを約束し、自分の生活している山に向かって歩き出した。
「約束守らないとあんたの家の食べ物全部もらいにいくからー!」
見送りの言葉にしては酷すぎないだろうか。
で、3ヶ月立った。
人間に教えられた村に近づけば近づくほど、煙の匂いが濃くなっていった。
村の位置を教えてもらった時には、そんな曖昧な情報で大丈夫だろうか、と思ったが、なんの問題もなかった。
雄叫びをあげ、青鬼は大地を蹴った。
村に攻め込んでいる人間を、またがっている馬ごとなぎ払った。
薙ぎ払われ、宙を舞った人と馬は、近くにいた人にぶつかり、被害を拡大させる。
一旦立ち止まり、周囲を確認すれば、同じような光景はそこらに広がっていた。つまり、鬼が村を守って戦っているのだ。
まったく、どれだけ鬼に餌付けしてんだ、と思っていると、爆発音とともに肩に衝撃が走った。音の方を見れば、銃を構えた兵士がこちらを向いていた。
それからは、どれだけ戦ったかわからない。
幸い、食料となるものは戦場にはよく転がっている。空腹に倒れることはない。
静かになった、と周囲を見渡せば、近くで戦っていた赤い鬼と目があった。どちらともなくニヘラ。
まぁ、これで義理は果たせただろう、と村を後にする。
空腹でもないのに、時折足がふらつくのはなぜだろう。
そして、冒頭に続く。
体はもう半分以上が泥に沈んでいる。
最後に、海辺でもらった魚を食べたかったな、という思いを抱き、青鬼の意識は泥に飲まれた。
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