【鬼】赤い目の神様
大通りを歩く集団を、サングラス越しに見る。
集団は、統一された格好こそしていないが、皆一様に赤い目の描かれたものを身につけており、彼らが同じグループに所属していることを言外に主張していた。
彼らは今年に入ってから徐々に入信者を増やしている新興宗教だ。その主張するところによれば、終焉が近づいてきており、このままでは世界は崩壊してしまう。世界崩壊を防ぐためにも、皆で真紅の目を祀ろう、というものらしい。聞くところによれば、彼らの宗教本部には、赤い球体がさも大事そうに置かれていて、それが真紅の目であり、それを崇めることで世界は崩壊の危機から救われるという。
そもそも、世界の崩壊など、曖昧すぎる。
世界が崩壊すれば生き残りはいないため、それを観測することはできない。
世界が崩壊しない、今まで通りの生活ができれば、世界の崩壊などなくとも彼らのいう通りになり、真紅の目のおかげ、とさも自分たちの手柄のように主張するのだろう。
全く、くだらない、と明石は内心で吐き捨てる。
「おや、そこのサングサスの方。どうですか?一緒に真紅の目を讃えませんか?」
言葉を交わすこともしたくない。
話しかけてくる若者を無視する形で脇を通り過ぎる。
「また今度、是非一緒に!!」
やるわけがない。明石は忙しいのだ。
しかし真紅の目、と世間から呼ばれる集団の主張にも、部分的に正しいところはある。だいたい、世界が崩壊するかもしれないというのなら、どうして赤い目玉なんぞに祈っている暇があるというのか。そんなことをしている暇があれば、崩壊する原因を究明しろ。それができないなら究明するための資金を供給しろ。それもできないというのなら、そいつは世界の崩壊なんて信じないないのだろう。
まぁ、世界の崩壊なんて、あまりにも突拍子がなくて、正常な人間なら冗談交じり、世間話ていどに話すぐらいがちょうどいい。その兆候もないのに、世界の崩壊なんて真顔で言う方が怖い。
「このままだと世界が崩壊するかもってのは正しいんだが」
集団が歩いていた大通りを、明石は歩く。
先ほどと違うのは、人通りが全くないことだ。
先ほどの集団もいなければ、スーツ姿の会社員もいなければ、車の運転席も無人。自転車は歩道に倒れているし、だれもいない屋台が無防備に展開している。
まるで、世界に明石1人になってしまったかのような光景。
そんな世界を地響きが襲った。
震源に視線を向ければ、信じられないことに怪獣が一体。
大きさはそれほどではない。せいぜいが8メートル。電柱よりもすこし高いくらいだ。
4本足で体を支え、その中央から人の上半身が生えているような外観で、腕もこれまた4本。
4という数になにかこだわりがあるのだろうか、と疑問を抱きつつ、明石はそれまでと変わらぬようすで怪獣に向かって歩く。
怪獣も、明石に気がついたようで、顔を明石に向け、地響きとともに歩いてくる。
デケェなぁと思っていると、怪獣が4つの手を拳の形にし、振り下ろしてきた。幸い、まだ距離はある。全力で後ろに下がれば回避は可能だろう。
明石は、全力で前に走った。
怪獣が慌てた様子で拳をふるう。
腕のある位置が高いので、基本的には点の攻撃だ。前に走りこめばそれほど怖くない。問題があるとすれば、来た。蹴りだ。
正面から、明石をめがけて放たれる蹴りは、まっすぐに走っていても回避できない。左右どちらかに避けなれけばいけない。
そうしなければ、明石は怪獣に蹴り飛ばされるだろう。重量差があるため、耐えようと思って耐えられるものではない。はずだった。
自分に向かってくる怪獣の足に、明石は拳を合わせる。
どういった原理か、怪獣の足は明石の拳にぶつかると、それ以上進むことができなかった。それどころか、怪獣の足が殴り飛ばされようとしている。
「まったく……。おかしな話だと思わないか」
殴りつけ、怪獣がひるんだところを、一歩踏み込み、今度はなぎ払うような蹴りを放つ。蹴りは、怪獣の足に当たり、怪獣の足がわずかに宙に浮いた。他にも足が3本あるため、怪獣自体が飛ばされる、ということはなかったが、まさか自分よりも格段に小さな明石に蹴られて、それほどの衝撃があるとは思っていなかったのか、怪獣は見るからに怯む。
振り払った足を戻し、屈伸をするかのように上体を沈める。
地面を蹴った。
体が飛ぶ。
飛んできた明石を撃ち落そうと、怪獣の腕が振るわれた。
その腕を掴み、腕の上を走る、走る。
肩口まで走り登ると、怪獣の目に右腕を突き刺した。
「サヨナラだ」
怪獣の体が、まるで積み木が崩れるようにして崩壊する。
崩壊した体は、地面に吸い込まれるようにして消えていく。
今回の怪獣も大したことなかったな、とサングラスを外し、太陽を見る。サングラスにあった明石の目は赤かった。
まさか、昔は鬼と言って恐れられていた自分たちが、今は神のように崇められている。
まぁ、世界が崩壊すれば、生きていくこともできないのだし、人間の知らないところで世界を救ってやろう、と明石はこうして怪獣討伐に精を出しているのだった。
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