【鬼】冬に閉じる世界
肌に当たる風が冷たく感じる時間が多くなってきた。
だんだんと日の当たる時間も短くなっており、冬の訪れを予感させる。
手に持った薪を抱え直し、雪の敷かれた地面の上を歩く。
いざという時の瞬発力を大事にしている素足だが、雪の寒さで凍傷になったりということはない。瑠璃達鬼の体温が高いため、触ったところから雪が溶けるからだ。雪の上を歩くときは、雪の深さを気にしていないと最悪雪に沈んで谷底に落ちてしまう。もっとも、生活し慣れた場所だ。どこが道かはよくわかっている。
もっとも、冬眠前で、夢現の状態で歩いていれば、慣れ親しんだ道でも雪の下に沈むことはあるのだが。
そうなった場合、発見されるのは雪が溶けた春になってからで、大体が既に冷たくなった状態で発見される。
そうなった知り合いを1人知っている。普通の鬼なら、死ねば自然発火して天に帰れる。、雪の下にいるため燃えることも出来ず、雪から脱出することもできず、じわじわと命を凍らせ、今でも集落の奥、皆が恐れて近づかない神殿に祀られている。
ああはなりたくないものだ、と思う。鬼なら鬼らしく、鍛治に生きて、己の打った自慢の刀剣を作り、そのサビになるぐらいの方がいい。
最近はやっと名前が売れ始めたのか、徐々に売り上げも伸び始めた。まだまだこれからなのだ。
物音が聞こえた気がして、顔を上げる。雪が木から落ちた音か?とも思ったが、顔を上げてそれが間違いだったと気がつく。視線の先では、木々の間から数人の人が現れていたのだ。雪に紛れるように、全身を白で統一した格好。顔もほぼ白一色の覆面で覆っている。もしやこんな山の中まで刀剣を買い求めにきた客だろうか、と思ったが、すぐさま否定する。彼らの発する気配が、全く友好的でなかったからだ。
武器を手に腰を沈めている彼らは、どう見ても客というよりは強盗といったほうがしっくりくる。
「間違っていたら困るから先に聞いておく。目的は武器を買うことか?」
瑠璃の問いかけの答えは、徐々に包囲するかのように感覚を広げながら近寄ってくる彼らの行動だ。これまでの経験から言って、おそらく武器は集落のものを殺した後にでも奪えばいいと思っているのだろう。
客でない上に、こちらに危害を加えようとするのならば、遠慮する必要はないよな、と己に言い聞かせる。
衝撃。
正面からくる正体不明の人影にすっかり気を取られていたので、後ろからの衝撃は完全に不意をつかれた形だ。
前につんのめるようにしながらも、後ろを目線だけで確認すれば、そこには崖の下からこちらに切っ先を向けている人影が。こちらも顔全体を覆面で隠しているため、どのような相手かわからない。
どのような相手かは全くわからないが、鍛冶師としての瑠璃の目が、向けられている刀剣は名無しの量産品でないと一瞬で見抜く。瑠璃に衝撃を与えたのは、あの切っ先から放出された何かだろう。一度聞いたことがある。海の向こうの土和合夫と呼ばれる種族は、遠距離攻撃ができる刀剣を作ると。その点、体が丈夫で、すぐに回復するため、自分たちの体を切ることで切れ味を極限まで追求する鬼とは似た者同士かもしれない。
とにかく、あの刀剣は奪取して、今後の武器製作の参考にしたい。
戦闘の第一目的を設定した瑠璃は、腰に佩いていた刀を日本とも抜刀する。右手に握ったのは、峰が深い海のような色の刀。左手に握ったのは、峰が燃えるような炎の色の刀。刃渡りは、それぞれ70センチ程。第二目的はこの2振りの刀の試し切りだ。
抜刀した瑠璃に、一瞬ひるんだ白ずくめの集団だが、それも一瞬。すぐに包囲の輪を狭め、一斉に斬りかかってくる。それぞれ刀身に雷や炎を纏わせている。どうやら彼らが持っているのは全て異国の武器のようだ。思わず笑みがこぼれる。
嬉しくてつい笑っていると、白ずくめの1人の斬撃が瑠璃に届いた。
金属同士がぶつかりあう、甲高い音が冬空に響き渡った。
別に、瑠璃が相手の斬撃を刀で防いだ訳ではない。相手の斬撃は、確かに瑠璃に届いている。ただし、切れ味が十分ではないため、瑠璃の体に弾かれたのだ。
異国の武器はそれほど切れ味が鋭くないのだな、と分析しながら、瑠璃は刀を振り抜く。
瑠璃のふるった刀は相手の白を赤に染め上げる。
その切れ味に満足し、続く一刀でもって近くにいた2人を一気に斬りはらう。こちらの切れ味もなかなかだ。春になれば、この2振りは間違いなく売れるだろう。
それぞれ一太刀ずつ切ることができたので、それぞれを納刀する。これ以上刀を振るって刃こぼれでもさせてしまってはもったいない。
足元に転がっていた両刃の劍を手に取る。軽く、バランスもいい。これを打った職人はなかなかの腕をしているな、と海の向こうにいるであろう職人に思いを馳せる。そんなことをしている間にも、白ずくめの集団は瑠璃に攻撃を仕掛けてきているが、誰1人として鬼の皮膚を切り裂くほどの腕は持っていないようで、瑠璃は十分に思いを巡らせることができた。
さて、と思う。
先ほどこの劍を使っていた相手は、武器に雷を纏わせていたが、どうやっていたのだろう。さいわい、目の前に実験体はいくらでもある。しっかりと勉強させてもらおう。
雪に足跡を刻みながら、鬼が歩く。
雪に集落が閉ざされる前に、思わず得ることのできた多くの武器がその手には握られていた。
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