【鬼】私の希望はどこですか

 深い森の中。時間は夜。季節は秋で、森の中なら虫たちの合唱が聞こえる季節だが、森の中が静まり返っている。

 静かな理由は、森の中にあった。

 森の中、競うようにして伸びた樹々がなぎ倒された場所がある。樹々がなぎ倒され、広場となったその中央には、倒れた樹に腰掛ける1人の男がいた。月の光をあび、月を見上げるその男の額からは、月の光を反射して、金に輝く角が一本伸びていた。

「今日も会えんかった。ここにもおらんか」

 世間から、鬼と呼ばれる存在であるその男は、名を牡丹丸という。

 2日前から、この森に関する噂を聞きつけ、森の中で暮らしていた。

 旅の相棒である、夜よりもなお暗い棍棒を、空いている左手で撫でる。

 その時、右手の中から呻き声が聞こえた。

 牡丹丸は、無言で右手を腰掛けている樹に打ち付ける。

 打ち付けた右手の下からは、赤い液体が飛び散り、呻き声一つ出せないようになった。

 牡丹丸が右手を見下ろせば、人の作った兜があり、鎧があり、そしてそれを着込んでいる人がいた。

 右手を開けば、人は力なく地面に横たわる。

「あらら。全く、本当に乱暴だな、鬼というのは」

「!?」

 呻き声を上げられないようにしたはずの人の亡骸から、そんなつぶやきが聞こえて、牡丹丸は腰掛けていた倒木から飛び上がり、棍棒を構えた。言葉を発した、ということは、未だ死んでいなかったのだろう。確かにさっきまでは心の臓は動いていなかったはずだが、と思うが、目の前のことこそが事実だ。喋った人のようなものは、ゆっくりとした動作で立ち上がる。

 月の光に照らされ、鎧が立ち上がる。

「普通、俺1人を殺すために、ここまで自然破壊するかね」

 兜をぐるりと回し、周囲の様子を見渡した鎧の人型。こいつは一体何者なのだ、と相手をよく観察する。

 そもそも、この森の中には鬼がいる、という噂を聞きつけ、その鬼が知り合いである可能性にかけて、森の中を探していただけの牡丹丸に、いきなり斬りかかってきたのはこの鎧の方なのだ。被害者のような発言をされるのは納得がいかない。

「ややや。納得がいっていない、という顔をしているな。その辺りの表情は鬼も人も変わらんな」

 観察をしているつもりが、相手もまた牡丹丸のことを観察していたようで、牡丹丸はそれが恐ろしい。何と言っても、この月明かりの下、兜の下の人の顔が全く見えないのだ。人の顔があるはずの位置に、どんなに目を凝らしても、まるで黒い靄がかかっているようになる。

「一体お前は何者ぞ」

「あぁ、俺か。俺は鬼斬りじゃ。先ほどはちょっと油断したからな。いつもの調子が出んかったのだが。まぁ、俺はこんな体質じゃ。最終的に鬼を切れればそれで良い」

 言って、兜が両手を前に構える。先ほど牡丹丸に斬りかかってきた時に使っていた刀は、棍棒で殴った時に真っ二つに折れている。そこまでして戦う理由は一体なんだ、と思う。その理由を聞こうと、牡丹丸が口を開いたタイミングで、鎧の人が一歩を踏み込んできた。拳は振りかぶり、後は打ち出すだけだ。

 牡丹丸は棍棒を思い切り横にスイングした。兜にあたり、兜が飛んでいく。

 条件反射的に棍棒を振ってしまったが、まさかなんの対応もせずにあたるとは思っていなかった。予想外の事態に牡丹丸はこんわくする。

 首から下だけとなった鎧が、未だに立ち続けている。その様子は不気味の一言で、牡丹丸は棍棒の先でつついてみた。自力で体を支えていたわけではないのか、鎧がゆっくりと後ろに倒れる。

「一体何ぞ……」

 これは頭を飛ばしたのだがまた立ち上がって襲いかかってくるのだろうか。それとも、頭を拾ってから襲ってくるのだろうか。できればこのままでいて欲しいのだが。

「できるだけのことをやろう」

 牡丹丸は、樹を持ち上げると、その下に鎧を挟み込んだ。これならたとえ頭が転がってきてもどうすることもできないだろう。

 友人を探すだけのはずが、余計なものに見つかって時間を取られてしまった、と思い、嘆息する。

 立ち上がり、牡丹丸は2つ角の友人を探すために森の中を歩き始めた。

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