【魔女】痛いのも怖いも壊れている人

 外からの光が差し込まない、暗室のような部屋に、人影が一つ。

 部屋の中を照らす光源は、発光する怪しげな薬品だ。一つや二つなら室内を照らすには不十分であろうそれも、数百ともなれば話は違ってくる。外からの光が差し込まないにもかかわらず、広大な部屋は、歩くのに不自由しない程度には明るい。

 アマネは、取り扱う関係上明かりを付けられない環境に、内心で怯えながらも、必死で薬品を扱う。

 今、1つの工程が完了し、後は時間をおくことしか出来ない段階まで手順が進んだ。

 失敗することなく無事に終わったことで、気が緩み吐息が漏れる。

 それまで極度の集中状態が続いていたため、この後は何かをやっても失敗する未来しか見えない。

 今日はこのくらいにしておこう、と付けていた頭巾とエプロンを外す。

 薬品の照らす室内を、薬品が変質していないかに気を配りながら出口へと向かう。

 出口を開くときも注意が必要だ。扉を開けるのは最小限にし、己の体を出来るだけ薄くして、すり抜けるようにして室内から抜け出す。扉を閉めた時には思わずため息が出た。

「どうしたの?」

 ため息を吐いた瞬間、後ろからかけられた声に、アマネは思わず飛び上がりそうになった。

「ジライ?!起きても大丈夫なの?!」

「ダイジョブダイジョブ。だいたい、おいら、どこも悪くないよ?」

「えぇ、えぇ、その通りね。でも、ここに近づいてはダメよ。危ないから」

「そう?ダイジョブだよ。危ないとこなんてないよ」

 そういってヘラヘラと笑うジライの右手をアマネは見やる。

 そこにはナイフが刺さっている。ジライがあまりにも平然としているため、一瞬そういう類のおもちゃか、と思ってしまいそうになるが、あのナイフはれっきとした本物だ。証拠に、ナイフの刺さっている箇所からは血が流れ、地面には血だまりを作っている。

「ねぇ、ジライ、どうしてナイフが手に刺さってるの?」

「うん?この前町に行った時、耳にアクセサリーつけてる男がいたでしょ?だから、おいらもアクセサリーつけようと思って。かっこいい?」

「かっこいいかもしれないけど、床が汚れるから、あんまりやって欲しくないかな」

 血が滴っているので、間違いなく痛みを感じているはずなのだが、ジライは行動の理由に痛みを持ってきてもなかなか理解してくれないので、説得するのは毎回苦労する。

「あー。汚れたら、掃除しないといけないもんね。それはよくないや」

 どうやら今回はすんなりと納得してくれたようで安心する。

「そうそう。だから、一回救急箱のところ行って、その床を汚しちゃうナイフ抜き取って治療しよっか」

「仕方がないなー。せっかくかっこよかったのに」

 本当に、無邪気にそう呟きながら、残念そうにナイフに目をやるその様子は、かっこいいと思っている服を知り合いからダサいと言われた少年となんら変わりがない。

 だからこそ、一刻も早くこの体質を改善してあげないといけない。

 そう思って毎日研究を重ねているのだが、なかなかうまくいかない。

 ジライとともに廊下を歩きながら、アマネは内心で頭をかきむしる。

 レシピはわかっているのだ。なぜなら、ジライをこの体質にした憎き魔女が、アマネの頬を優しく撫でながら囁いていったからだ。

 なんでも、絶望に打ちひしがれる人の瞳を遠くから眺めるのが好きで、その絶望をもたらした原因を、自分が作ったと思うと、よりその喜びがますのだという。

 アマネが、ジライの体質を元にもどすことができれば、それまで感じていなかった痛みがどうなるかはわからないらしい。一番可能性が高いのは、それまで蓄積した痛みを魔女が感じることのようだ。もしもアマネが薬の作成に成功すれば、その痛みは魔女のものになるはずで、それは恐ろしいともいっていた。しかし、そのリスクがまた病みつきになるのだ、とも言い置いて去っていった。

 狂っている、と思ったが、そもそも魔女として人に災厄を振りまいていくような存在だ。やはり頭がどこか壊れているのだろう、と恐ろしく感じたことを覚えている。

 とにかく、今はジライの面倒を見ながら彼の体質を元に戻さなければ。そうしなければ、町に出た時に危なすぎる。ただでさえ、今、町は危険で、痛みを感じることができなければ、命を落としてしまうようなフラグが転がっているというのに。



「そんな!どうして!!」

 やっと完成したのだ。やっとジライとともに町に降りて、やっと人並みの生活が送れると思っていたのに。

 ジライの体質を元に戻すために開発したはずの薬を、ジライに飲ませると、ジライは痛みにもがき苦しみだした。今も、必死になって抑え込むアマネを振りほどく勢いで暴れている。

「あら、本当に完成させたの?」

 突如、屋敷に響く女の声。

 ジライを押さえ込みながらも、アマネの耳はその声を拾っていた。

 忘れることなどできようもない。あの魔女の声だった。

「ちょっと!どういうことよ!あのレシピ通りに薬を作ったのに!!」

「あら。魔女のいうことなんて素直に信じたの?本当に可愛い子ね」

 いつかと同じように、アマネの頬に魔女の手が添えられる。

「本当に可愛い子。その目が本当に綺麗よ」

 そう言い残すと、魔女の気配は薄れていった。

 ジライはだんだんと暴れる力が弱っていき、やがて動かなくなってしまった。

「そんな……。どうして……」

 動かないジライを信じられない思いで見つめるが、ジライが動くことはもうなかった。

「は、ははは」

 後にはもう、壊れたように笑う女が1人残された。

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