【魔女】目覚めぬ君に今日もおはよう

 明け放っていた窓から、秋の涼やかな風が舞い込んでくる。

 日中であれば涼しく感じたであろうそれも、夕方ともなると心持ち肌寒い。気候を気にするのがこの部屋には自分だけなので、誰にも気を使わずに窓を閉めることができる。

 自分の都合で窓の開け閉めができることに寂しさを覚えながらも、窓に近づき閉める。

「さて、いい加減お前の意見も聞かずに好き勝手するのも満喫したんだが、いい加減起きちゃくれんかね」

 窓から室内に目を向ければ、そこにはベッドに横たわり、穏やかに寝息を立てる少年がいる。

 起きていたころならば、オーベットが窓を閉めようとすれば暑いから開けておけといい、暑いから窓を開けようとすれば、寒いから閉めろと言っていたのに、こうして何をしてもなんの反応がないのは寂しい。

 ベイドが寝たきりになって、はや3年。寝たきりになった原因が原因なので、飲食をしなくてもそれほと痩せ細ったりしていないのが唯一の救いだが、来客も滅多にないこの部屋で暮らしているとやはり寂しくなってくる。

 これでストレス解消ができなければ、オーベットも病に伏せっていたかもしれない。

 ふと、部屋の外から物音が聞こえた。

 オーベットは視線をあげ、ため息をつく。

 どうやらストレス解消の相手が来たようだ。ベッドに横たわるベイドの頬に口づけを落とすと、愛用の杖を手に取り、家から外へと出た。


「今回はまた大勢連れてきたな」

「そんな余裕ブッこいていられるのも今日までですの」

 家の外に出ると、10人ほどの女性が立っていた。皆、それぞれに杖を持っており、オーベットと同じく、魔法を扱い生計を立てている者である、と推測できる。

 そして、その先頭に立っている女性こそ、オーベットのいる場所に定期的に訪れては、オーベットのストレスを解消するための遊び相手になってくれている主催者、名は。

「えっと、ユシリーズ?」

「ユーリーズですのよ!!さてはあなた覚える気がありませんのね?!」

 まあまあ、と周囲の人に宥められているユーリーズが落ち着くのを待つ。

「まったく、あなたにも困ったものですの。いい加減、その中にいる男をこちらに引き渡してはいかが?決して悪いようにはいたしませんのよ?」

「魔女がそんなことを言っても全然信用できないな」

「あら、前回ご説明した対応がご不満だったようなので、今回はもう少し待遇を改善いたしましたわ」

 ちなみに、前回はどこまでやれば目がさめるのか、ということで、一番初めに片腕をもいでみる、だった。一段階めでやることではない。

「具体的には?」

「ええ。どうやら眠っている状態の方がお好みのようでしたので、逆に二度と目が覚めないようにいたしましょう、ということで決まってますわ。それでしたら、取り残されるあなたも寂しいでしょうから、お先に送ってあげよう、ということになりまして」

 いつもよりも人が多いのは、それが理由か、と冷や汗を流す。いつもならば5、6人で、適当に魔法の応酬をして、ユーリーズが捨て台詞を残して解散、という流れなのだが。

「まあいいですわ。目的はもう達成したも同然ですもの。か、れ、部屋に残してきて大丈夫ですの?」

 背中を寒気が這い上がり、ベイドがいる方を振り返る。

「隙だらけだ」

「えッ」

 ユーリーズたちから視線を逸らした瞬間、足元から聞こえた声に慌てて飛びのく。

 先ほどまでオーベットの居た場所を、地面から突き出した岩が貫く。

「あら惜しい。ちょっと、あなたの悪い癖ですのよ、一撃入れる前に言葉をかけるだなんて。それでは奇襲になりませんわ」

「反省」

 タイミングが一瞬遅れていれば、串刺しになっていた、という事実に、激しく脈打つ心臓。それをどうにかなだめ、平静を装う。

「今回はえらく乱暴じゃないか」

 身内で談笑していたユーリーズが、笑みを消し、見下すようにしてオーベットを見る。

「だから言ったじゃありませんか。余裕で居られるのも今日まで、と。クライアントが変わりましたし、同じ仕事に長期間拘束されてますと、私の能力が低い、と周りに喧伝しているような者ですもの」

 それでこれまでの戦力の倍を用意するあたり、本当にこちらを終わらそうとしているな、と相手の覚悟をしる。

「と、いうわけで。……死んでもらいますわ」



 これが、以前はともに冒険をして、死線をともにいくつもくぐり抜けてきた仲間に対する扱いか!と叫びそうになるのを必死に抑えつつ、オーベットは頭部を狙って飛来した短剣をしゃがみこむことで回避する。重心を左にずらし、側転をすれば、オーベットを狙って氷弾がいくつも降り落ちる。

 相手の戦力を少しでも減らそうと、オーベットも幾度か攻撃魔法を放つのだが、そのことごとくをユーリーズが防いでしまう。ともに冒険していただけあって、オーベットの手の内は全て知っているし、攻撃するときの癖も知っている。おまけに、ここ数年ベイドの面倒を見るためにここで隠居していたオーベットと、今でも死線を潜っているユーリーズでは、戦力がかけ離れてしまっている。

「ふぅ、まったく。あなたのそのしぶといところは変わってませんわね」

 ユーリーズが言葉を発したことで、全体の攻撃がやむ。

 額を流れる汗をぬぐい、精一杯余裕に見えるように笑みを浮かべる。

「そうだろう。諦めなければ、どうにかなるかもしれないからね」

「はぁ、まだそんなことを言ってますの?でも、もうおしまいですわ」

 ゾワリ、と本日いく度めかになる寒気がオーベットを襲う。ユーリーズが引き連れてきた魔女たちも、いつの間にかユーリーズの周りに集まっており、すでに戦闘はおわった、とばかりに仲間内で再び談笑をはじめている。

 恐る恐る、オーベットは頭上をふり仰ぐ。

「まさか、今まで私が攻撃に加わらずに、あなたの攻撃を邪魔していただけだ、とか、思ってました?一緒に冒険していたんですもの。私の性格はよくご存知でしょう?誰よりも派手な攻撃が好きですの」

 そこには、人の形を取ろうとしている炎が渦を巻いていた。

「スルト……」

 昔、巨大な敵を打ち倒すために使っていたユーリーズの切り札を目にして、オーベットは絶望する。万全の状態でもあの炎の巨人を処理するのは骨が折れるというのに、消耗した現段階ではその手段が一切思い浮かばない。

「ええ。まさかここまで抵抗されるとは思ってもいませんでしたが。仕方がありませんわ。お仕事ですもの」

 どうする、と必死に考えを巡らせるが何も思いつかない。

 やがて、ユーリーズの魔法が完成し、炎の巨人が地面に降り立つ。

「では、死んでくださいな」

 炎の巨人が拳を振りかぶり、もはやなすすべもないオーベットに殴りかかる。

 流石にもうだめだ、と目を瞑る。いい人生だった、とは言えないが、充実した人生だった、と思う。そうしてこれまでの人生を振り返るが、いつまで立っても終わりがこない。

 恐る恐る目を開けると、炎の巨人に照らされながら、オーベットの前に誰かが立っている。右手を伸ばした体勢で、振り下ろされた巨人の拳を受け止め、それでも、平然としているその男性を、オーベットは誰よりも知っている。

「ベイド……」

「や。ごめんな。でも、俺が寝坊助だってのは、よく知ってるだろ?まぁ許してくれや。君が毎日朝の挨拶してくれてたのは聞こえてたからさ」

 呆然とベイドを見上げるオーベットにベイドは笑いかける。

「ま、落ち着いて話すためにもこの子たちを追い払わないとな。なぁ、ユリ。手ェ引いてくれね?いまなら、まぁ、引いてくれたら追いかけるってことはしねぇから」

「そんなことを私がするとでも?」

「ま、そうなるわな。でも、これを見ても同じことが言えるかな?」

 空いた左手で指を鳴らす。まるで、子供がロウソクの火を吹き消すかのように炎の巨人が消え去った。

「どういうことですの?!」

「ま、種明かしはできないんだけど。もう一回いうよ。引いてくれねぇかな」

「くッ!覚えてなさいな!!」

 ユーリーズは、いつものように捨て台詞を吐くと、いつものように去っていった。

 後に残されたのは、呆然としているオーベットと、安堵のため息をついているベイドのみ。

 あまりにも急だったので、これからどうしたらいいのか、と己に問いかけるが、当然答えなど帰ってこない。

 オーベットは痛む頭を押さえる。

「まぁとりあえず、おはよう」

 そういった瞬間、ベイドが満面の笑みを浮かべ、オーベットは何もかもがどうでもよくなったのだった。

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