償えよ、さあ。

※注意※

 ちょっとこれまでの作品とは方向性が違いすぎるというか、一部暴力描写があります。苦手な方はブラウザバックをお願いします。





 薄暗い部屋の中に、椅子に座った男と、壁にもたれかかった男がいる。椅子に座った男は、目隠しと猿轡、壁にもたれかかった男は、顔に面を付けている。部屋の中には、他にも水の張られたバケツと空のバケツ。小道具の置かれた机。鎖、投光器、カメラなど、部屋全体が薄暗いせいもあり、不気味で見る者を不安にさせる。幸い、この部屋の中にはその不気味さに身を震わすものはいなかったが。

 部屋の中に、アラーム音が鳴る。

 仮面の男が、雨合羽の袖をめくり、黒光りする腕時計で時刻を確認する。

 弾みをつけ、椅子に座った男の目隠しと猿轡を外す。仮面の下から舌打ちの音が響いたのち、足元にあった水入りのバケツを一つ手に取る。目隠しを外された男の頭の上から、バケツの中の水を落とす。

 意識を失っていた男が目を覚まし、周囲を確認するために頭を上げ、顔を左右に向ける。直ちに、己の近くに立っている仮面の男に気が付き、表情を硬らせる。

「お、お前は噂の」

「そう。ネットで噂の拷問官だ。普通の拷問官と違うのは、お前の末路と、オレに医術の心得がないことだ」

「ま、まさか本当にいたとは……。し、しかし、散々痛めつけたにもかかわらず、次に配信する時には五体満足でまた配信されているときくぞ!だからこそ、あれは作り話だと……」

 拷問官、と自称した男が、室内にあるカメラに顔を向ける。そこには、確かにカメラがあり、撮影した動画をひっそりと公開している。その動画が、ネットで噂になり、見たことのないものでも、噂ぐらいは聞いたことがあるような状態だ。

「では、まずその辺りの種明かしをしよう」

 拷問官が、手近にあった鎖を手に取り、それを勢いよく男の剥き出しの足の指に叩きつける。

 男の悲鳴が部屋を満たすが、拷問官は再び鎖を振り下ろす。再度悲鳴が上がり、それがその後も三度繰り返された。合計で5回鎖に打たれた男の指は、正視に耐えない見た目となっている。

 息も絶え絶えになりながら、もう打ち下ろされることはないのか、と恐る恐る視線を上げる男。拷問官は、仮面越しの視線が合うのを待つ。

「さて、これから収録するというのに、被写体が既に負傷していたのでは面白くない。さっきも言ったが、医術の心得もない。が、怪我を治すことはできる」

 男の患部に手をかざす。患部に薄靄がかかり、直ちにその靄が晴れる。すると男の負傷は既になくなっていた。

「こ、これはどうなっている?」

「さて、毎回被写体に怪我がないことは説明した。これからが本番」

 拷問官が咳払いをする。

「山田里文。お前は、何の罪もない園児たちの過ごす保育園に火を放った。その罪はあまりに重く、司法の手に余る。よって、ここでその罪に見合った苦痛を受けるが良い。赦しを乞うならあの世の被害者に乞え」



「おい!そのテレビ消すかチャンネル変えろ!!」

「無駄ですよ先輩。この時間、どこのチャンネルにしても同じ内容ですって」

「くそッ!」

 職場近くの定食屋で、注文していたカツ丼の丼を、荒っぽくテーブルに置き、石田は悪態をつく。テーブルを挟んだ対面では、後輩の永田が苦笑し、テレビに視線を向けた。彼の注文した海鮮丼は、既に空になっている。セクハラ発言をするつもりはないが、小さな体のどこにそんなに食べ物が入るのだろう、と疑問に思う。

 永田の視線の先、テレビのニュースでは、つい先日の拉致の様子が報道されている。

 思い出すだけでも忌々しい、と出来るだけテレビの方を見ないようにはしているが、テレビから流れるアナウンサーの声がニュースの存在を忘れさせてくれない。

 睨み付けるようにしてテレビを見れば、護送車に乗り込もうとしている放火魔を、横からさらうバイクの影が映し出されたところだった。

 普通であれば、バイクはバランスを崩すと思うのだが、驚異的なバランス感覚と膂力で放火魔を掴み上げ、担ぐように逃走した。

 テレビで放送されるまでもなく、現場にいた石田はその情景をありありと思い出すことができる。警察の面目は丸潰れだ。

「でも、ネットなんかでは警察批判と同時に、この攫った犯人こそが拷問官なんじゃないかって話題になってますよ」

「拷問官?いまさら山田拷問したところで意味ないだろ。もうあいつが放火したって言うのは明白なんだ」

「あ、拷問官っていうのはあだ名で、やってることが拷問みたいだからそう呼ばれてるんです」

「何だそりゃ」

 ネットでそんな物が流行っているとは知らなかったし、目の前の永田がそう言ったものに興味を示すことも意外だった。

「や、実物を見たことはないんですけど、結構噂にはなってますよ。今回の件も、警察の不手際を責めるのと同じくらい、あの放火魔をさらったのが拷問官なんじゃないかって言う人もいます」

「拷問官なら何だっていうんだ」

「言いにくいんですけど、犯罪の内容によっては、終身刑じゃ納得できない場合、あるじゃないですか。それを、拷問官が痛めつけてるのを見て溜飲を下げる人が一定数いるんです」

「やってることはただ暴力振るってるだけじゃないか。模倣犯がでるぞ、そんなことしてたら」

「市民がお互いに監視しあっていいんじゃないですか?」

 軽率な永田の発言に、こいつは本当に警察官か、と正気を疑う。

「そんなことになってみろ。あっという間に魔女裁判の時代に巻き戻りだ。しかも今時冤罪かどうかも精査せずに便乗する軽率なやつばっかりだろう。そうなったら悲惨だ」

 とにかく、ネットでそんなことになっているとは知らなかったので、もしも本当にそんなことになっているのなら、その、正義の味方気取りの奴も捕まえないとな、と心に決めた。正義の鉄槌など、個人で所有するには重すぎるのだから。

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