奪われた気分はどうですか、失った気分はどうですか。
岩に埋め込まれた時計の数字が一秒ごとに変わる。
デジタル時計なので、秒針の音などしないはずなのに、時計を見ていると世界が少しずつ変わっていく音が聞こえる気がする。
周囲を照らすたった一つの光源に、視線を向ける。
夜だと言うのに、そこだけは昼間のように明かりを漏らしている。赤い光だ。
数分前に見た時となんの変化もないことに落胆し、視線も自然と地面に落ちる。座っている椅子の肌触りが気持ち悪い。
どうしてこんなことになったんだ、と思うが、答えてくれる声はない。フジネの問いに答えてくれていた少女は、今あの光源の向こう側に捕らえられている。
わかっていたのだ、こうなることは。わかっていて、あのとき、フジネは手を振り払った。
後悔して、こうして少女のいる場所の近くまでは来ているが、最後の一歩が踏み出せない。
「あきれた。まだそんなところで座り込んでいるのかい?」
誰もいないはずの暗闇に、不意に響いた声に、フジネは弾かれたように顔をあげる。声のした方を向けば、そこには一人の老人が杖を手に立っていた。腰は曲がり、乏しい明かりで首から下しか見えないが、それでも、その老人が誰かはよくわかった。
「ど、どうしてじいちゃんがここにいるんだ」
「ま、そりゃあ、ここは死に一番近い場所だからな。生と死の境界線が曖昧になって、たまにはこうして死人だって動くさ。寝たきりじゃ、体に悪いからな」
生前の口癖をここでも言う祖父に、フジネは脱力する。
「で?お前はここに何をしに来たんだ?あの子を取り返しにきたんだろ?」
確かに、そのつもりでここには来た。しかし、いざこの場所に来ると、どうしようもなく動き出せない。
「でも、あいつは今更俺が行っても、もう俺のことがわからないんじゃ無いのか。俺なんかが行っても、何しに来たんだって」
祖父がため息をついたのがわかった。
「なにを今更。あの子の態度なんて、昔から照れ隠しばっかりだったろ。そもそも、あの子はまだ寿命じゃなかった。死神だってたまにはミスもする。お前ごときが手を振り払った程度で、人が死ぬもんかい」
「でも、俺は手を振り払ったらあいつが死ぬってわかってたんだ」
「どうして?」
「だって、そうなるって死神が言った。そう言われたのに、俺は」
イライラしていたのだ。きっかけが何かなんて、もう思い出せないほど些細なことだ。でもなにかイライラしていて、何があったのか、と事情を聞こうと手を掴んできた彼女の手を振り払ってしまった。まさか、それで本当に死んでしまうなんて。
「だから、そんなわけね。とにかく行ってみろ」
でも、と口を開けようと顔をあげると、祖父の振りかぶった拳が目に入った。
「めんどくせ」
衝撃。
祖父に殴られ、吹き飛ばされたのだ、と理解する。
吹き飛ばされ、彼女の囚われている赤光の中へと叩き込まれた。
地面に転がり、顔をあげると、死神を踏んづけ、腕組みしている彼女がいた。
呆然と見上げると、彼女と目があった。
「あら、フジネ。ちょっとまってね。このふざけたやつに説教するから」
「や、それ死神……」
「いい?死って言うのは、ちゃんと順番が決まってんの。それをこいつの一存で決めてたら大変でしょ。だから今説教してんの。ちょっと待ってて」
わかるような、わからないような、と首をかしげるフジネ。とにかく、彼女には絶対に逆らわないようにしよう、と固く決意した。
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