唯一の間違いは私一人が生きていること

 人の多く集まる大通り。城が見下ろす大通り。

 今日は建国祭ということもあり、いつもよりも人の数が多い。普段は郊外に住んでいる人達も、今日は屋台を出すことが許されており、故郷の特産物を売り込んでいること、国外の人が、特産物を買いに訪れていることがその大きな理由だ。

 普段はいない人が城下にやってくる、ということもあり、建国祭の間はこの大通りでトラブルは絶えない。

 その大通りに、一際大きな建物がある。全体的に、四角いブロックを積み上げた印象を受けるその建物は、この大通りでも有数の商館であり、屋根が赤く塗られている以外は白い。他の建物よりも高さを出すことで、目立つように作られた商館は、今では待ち合わせ場所の定番になっている。

 その、商館の屋上で2つの人影が大通りを見下ろしていた。2人とも、城下町の土のような色の外套を纏っていて、遠目にその容姿を確認することはできない。2人が見下ろしているのも知らず、人々は大通りを談笑しながら歩き、客を呼び込み、あるいは日陰に座って道ゆく人たちを眺めている。

 外套を被っている2人のうち、1人がため息をついた。

 いつもは感じない、外套の裏に隠し持っている暗器が、今日は重く感じる。

「どうした群青。ため息なんて珍しい」

 群青、と呼ばれた1人は、大通りから視線を動かす。

「仕方がないでしょ。いつもよりも人が多いから、見る人の数も多くなって疲れるの。暗銀は慣れてるからそんなことないかもしれないけど」

 群青の声は、意外にも女の声で、屋上にいるもう1人、暗銀に言葉を返す。

「いやいやオレも慣れている、と言うわけではないぞ?ただ個人個人を見ていたら疲れるから、全体を見ているだけでな?」

 それができないから、こうして一人一人に注目しているのだ、と群青は大通りに視線を戻す。

 一人一人の表情に注目するようにして視線を動かしていると、小さな悲鳴が聞こえた。

 悲鳴を上げた人を探して視線を彷徨わせるが、見つけられない。焦っていると、後ろから人差し指が差し出された。その指の先を視線で探せば、老婆がこけており、老婆の視線の先では荷物を抱えた乱れた服装の男が後ろを気にしながら走っている。

 群青は、その男を捕まえるため、屋上から飛び降りようと、縁に足をかけた。そのタイミングで、後ろから首に腕を回され、飛び降りるのを阻止された。

「何をする!」

 首を回した暗銀に抗議の声を上げる。

「いやいや、何しようとしてんの?まさかとは思うけど、この人混みの中に飛び込んで、あの浮浪者処罰しようってんじゃないでしょうね?」

 想像する。屋上から飛び降り、あの身なりのみすぼらしい相手に駆け寄り、腕を捻り上げ、隠し持った暗器でトドメをさす。多少人混みで動きを想像するのは阻害されるかもしれないが、その程度は重大な障害にはならない。

「私ならできる!」

「いや、そう言うことを言ってんじゃなくてね?なんて言ったらいいかな」

 暗銀が、群青を屋根の上に引き込みながら思案している。こんなことをしている間にも、荷物を奪ったあの男を見失ってしまう。群青は、必死にひったくり犯を目で追った。

「群青、いきなり人が上から降ってきて、その人が人を刺したらどう思う?」

 暗銀の言葉に、その情景を想像する。想像するのは得意だ。そして、一つの結論に達する。

「よくあることだな」

「いやいや、よくはないよ……」

 これも戦闘訓練ばっかりさせて、一般人と一緒に生活させなかった弊害だなぁ、とよくわからないことを、暗銀が後ろでつぶやく。そんなことはどうでもいいから、とにかく私を離せ、と思う。

「まぁ、唯一の生き残りだし、使わないといけないっていう上層部の気持ちもわかるけどね。群青、見てご覧。あのひったくり犯は、これから路地裏に入る。そこには彼の仲間がいるかもしれないだろう?」

 暗銀の言葉通り、ひったくりをした男は路地裏へと入っていく。

「だから、行くなら今だよ。さ、行っといで」

 暗銀の縛から解放された群青は、路地裏へと飛び込んでいく。間違った行動をするあの男を、これから処罰しないといけない。

 間違った行動をする人を処罰するために、自分は生き残ってしまったのだから。

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