ずっと化け物のままでいたかった
世界中に響いているんじゃないか、というような咆哮が、山頂から聞こえてきた。
村中が、突如響いた咆哮に震える中、イガミは咥えたタバコを揺らしながら、山頂を見やる。
咆哮が途切れ、再び咆哮。
「……恐ろしい。山の神様が怒りに震えておる……」
近くにいた老婆の独り言が聞こえて、イガミは笑い出しそうになるのを必死で堪える。
あの咆哮には怒りなど欠片も含まれていない。ただただ後悔で鳴いているだけなのだ。
イガミは山に登るため、タバコの火を手袋に押し付けて消火すると足元のバックパックを背負う。
「イ、イガミよ!まさか山に登るつもりではあるまいな!?」
「そうだよ。それがどうした」
「あの咆哮を聞かんかったのか?!今の山は危険だ。入山することは許さん!!」
「なんだよ、川で釣りをしてたってわけのわからん理由で山に捨てた奴らの言葉とは思えねぇな。あの時も確か咆哮が聞こえてから山に俺を捨てたよな。だったら、今回も別にいいだろ。むしろ、生贄を選ばなくて済むんだから手間が省けていいじゃないか」
イガミを怒鳴った村長は、二度、三度と口を開くが、何も言わない。
「なんだ、俺が気がつかないとでも思ったか?それとも俺が無事に山から降りてきたから、あのことはもう時効だと?別にどうでもいいがな、まさかこれから何も知らない子供を山に捨てるってんじゃないだろうな。今回は誰だ?タサンか?ナナか?それともエーリエか?いい加減、山を鎮めるため、とかいう理由で子供を山に捨てるのはやめろ。そんなことしたって、野犬に食われるか、夜もまともに寝れず、食事も取れずに死ぬかの結果しかない。無駄なんだよ!」
「や、やかましい!どうしても山に入るというなら」
「なんだ、やろうってのかよ」
どこから襲われてもいいように、体にゆるく力を行き渡らせる。
「いや、もう終わっておる」
「はぁ?」
直後、イガミの頭を衝撃が襲った。あまりの衝撃に、地面に倒れこむ。倒れこむ瞬間、右手にあった建物の窓から、石を発射したと思われるスリングが見えた。
「ごめん、マイカ……」
山の上に住む、美しい山の神に謝り、イガミは意識を失った。
頭を動かされる感覚があり、誘導されるように目を開けると、新緑がそこにあった。
「……何してんの神様」
目を覚ませば、それまで気がつかなかったが、頭の下が柔らかい。どうやら膝枕をされているようだぞ、と理解すると、意識を失う前にやらなければいけないと思っていたことがどうでも良くなった。
「頑張ったイガミにご褒美」
確かに、柔らかな太腿の感触は褒美として感受するには心地良くて、ねぎらわれているのなら、このままでいいか、という思いになる。
狼の毛皮でしつらえたロングコートを年中羽織り、新緑の空気を纏っている山の神の膝の上にいると、まるで森の中で横になっているような気分になる。
まぁ、このポンコツ神も、たまには嬉しいことをしてくれる、と内心で思うと、耳を引っ張られた。
「何考えてるか、だいたいわかるから。ポンコツだって思ったでしょ」
まあ、山に捨てられ、この神の気まぐれで育てられたイガミだ。なんだかんだで付き合いは長いし、共に時間を過ごすことで、はじめに纏っていた気取った空気は木の皮が剥がれるようになくなっていった。体が大きくなり、頼られることも増え、今では体を重ねて夜を超えることもある。
「まぁ、拾われて結構すぐに、この人は俺を助けるためじゃなくて、たんに世話係が欲しかっただけなんじゃないかと思ったぐらいだしな」
「酷い。生活する必要がなかっただけ。イガミが子供だったから、イガミに合わせた」
そういうことにしておこう、と思うと、山の神は口を尖らせた。
「はあ、もう。こんなことならイガミなんて拾わなかったらよかった」
「そうすれば、人に恐れられて一人で過ごせるからか?寂しいくせに」
再び耳が引っ張られる。多少痛いが、この程度のスキンシップならむしろ楽しい。
「マイカはどうなった?」
イガミが聞くと、山の神の手がイガミの耳から離れる。山の上から聞こえた咆哮と、その態度でどうなったのかをイガミは察した。
「そっか。じゃ山に帰ろうか。もう山に捧げられるような子供が出ないように、今後は山に子供が入ったら雷落とすか」
「そんなことできない」
できることが少ないことを気にしている山の神は、再び唇を尖らせる。
イガミは立ち上がり、山の神の手を取ると、2人で山に帰るのだった。
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