生まれてきて、よかったですか

 土の臭いと、油の臭いが立ち込めている。

 それらの匂いを嗅ぎながら、丘の上に座り込み、少し離れた場所にある匂いの発生源に視線を向ける。古い工場だ。しかし、未だに稼働していたらしく、次々と人が工場から飛び出してくる。

「そろそろかねぇ」

 丘の上に座り込んだ時間と、現在の時間から、工場がすでに限界であると判断した烏帽子は、懐からタバコを取り出すと、そこに火を付ける。まるで、それが合図だったかの様に、工場から1柱の炎が吹き上がった。

 炎の柱は、空に向けて吹き上がると、最高到達点で止まった。工場から吹き上がった炎は、空の一点に球となってあつまり、やがて、その球は鳥の形となる。炎の体の鳥は、空で円を描く様に緩やかに旋回を始めた。

「火の鳥か……。ま、ベタだが悪くはない」

 烏帽子は立ち上がり、尻についた土を叩いて落とす。そこで、大きく伸びをして、長時間座って固まっていた体のコリをほぐす。

「確かに、あの鳥を使役できれば悪くない戦力になるでしょうね」

 烏帽子は、背後から聞こえた声に驚いて振り返る。そこには、こんな荒野には似合わない真紅のドレスを纏った女が立っていた。全身から色気を放つ様な女に、烏帽子は口元に下品な笑みをうかべる。

「へへへ。ねぇさん、こんなところでそんな格好してるとあぶねぇぜ」

 じり、と女に近づく烏帽子に、女は軽蔑した視線を向ける。

「そうね。たしかにそうだわ。でも、それは身を守れない未熟さが招く、いわば自己責任よ。私にはそんな弱さはないから、危ない事なんて何もないの」

「そうかい?だったら、その身に直接教えてやんよ!!」

 烏帽子が、隠し持っていたナイフを両手にそれぞれ掴み、女に襲いかかる。

 女は、それでもその目に危機感を宿す事なく烏帽子を見ると、烏帽子の両手にあるナイフをそれぞれ叩いた。それだけで、ナイフは宙を舞い、烏帽子は手の中にあったはずのナイフの行方をおい、視線を宙に飛ばす。

「未熟ね」

 女の声が聞こえたと思うと、ドレスの女は右の拳を握りこみ、腰にためた姿勢で、いつでも殴れる構えになっていた。打った。

 女の拳は烏帽子の腹部を貫く様にして放たれ、烏帽子はそれを防ぐこともできずに棒立ちで打ち込まれた。

「あら、まさかこんな簡単に攻撃が通るとは思いませんでしたわ」

 女の拳を受けて吹き飛んだ烏帽子は、地面に打ち付けられる。拳の当たった腹部が、焼けつく様に熱い。

 じゃり、という砂を踏む音に視線をそちらに向ければ、女が烏帽子を見下ろしていた。

 恨めしそうに女を睨む烏帽子の目が、女の上空に、炎でできた鳥を認めた。

 どうやら天はまだ自分を見放していなかった、と上空の鳥に女を襲う様に命じる。

 女が右腕を肩ほどの位置にさしのばす。突然の行動の理由が理解できずに、烏帽子は困惑してその腕をみつめた。

 すると、先ほど攻撃する様に命じたはずの鳥が、女の右腕に止まった。

「ど、どうなってる」

 目の前の事実が理解できずに、烏帽子が思わず呻く。

「簡単なことよ。生まれてまだ間もない、自分がどうしたらいいかわからずに不安な子に、あなたよりも先に私が声をかけましたの。だから、この子はもう私の配下。あなたは生まれてきてよかったのだ、と肯定してあげることが大事なの」

 女が左手で、普通の鳥であれば嘴に当たる部分を撫でている。

「さて、あなたはどうしましょう。無実の人々の職場を奪ったわけですし、無罪放免、というわけにも行きませんの」

 ですから、と左手で女が指差した。その先に顔を向けると、同じツナギを着込んだ男たちが近づいてきていた。

「処罰の方はあの方達にお任せする、ということで、よろしいですわね?」

 その後の展開を想像し、冷や汗を流す烏帽子をよそに、女は高笑いとともに丘を下っていった。

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