愛して愛して失った
朽ちた木造の廊下を、少女が一人歩いていく。
時間は夜。
明かりもなく、足元が不安定であるにも関わらず、少女の歩みに迷いはなく、まるで暗闇の中を見通しているかのようだ。
少女は、廊下の壁に軽く触れながら歩くことで、壁面の凹凸を感じている。
「見つけたぞ、松岡!!」
静かな廊下に、怒鳴り声とも言える大声が響いた。少女の歩みは止まらない。
「無視するってのかよ……!!」
シャラリ、と金属同士が擦れる高い音が響いた。窓から差し込む月光を反射し、暗闇に細長い線が映し出される。
少女は、響いた大声にも、暗闇を切り裂く銀光にも一切足を止めることなく歩みを続け、やがて一つの扉の前で立ち止まる。扉の上には、『3ーA』と書いた白い板が吊るされている。
扉を開き、少女は軽い動きで部屋の中へと踏み込む。部屋の中には無数の机が積み重ねられていた。積み重ねられた机は、まるで何かを取り囲むように配置されていて、その中心には一人の少年が膝を抱えて座っていた。
「ーーー。ーーーーー」
少女の口が開き、何かを言葉を発する。少年が顔を上げ、少女を見ると、怯えるかの様に顔が引きつる。少女が机の牢獄に歩み寄ると、少年はできるだけ少女から距離を取ろうと後ずさりし、机に背中がぶつかり大きな音を立てる。
「や、やっと追いついたぞ、松岡!」
少女の肩口に、冷たい光を放つ両刃の劍が乗せられた。少女が顔を上げれば、そこには月の光と同じ髪の色をした男が息を切らして立っていた。
「日沼のことが好きなのはわかるが、こんなところに閉じ込めても、だれも幸せになれないだろ」
男の言葉を理解したのか、言葉は届いていないのか。少女は男に向かって笑いかけた。
「なんだッ……!?」
男は膝から崩れ落ちる様にして倒れこんだ。
体を転がし少女から距離を取ると、そこで立ち上がり、両手で構えた剣を少女にまっすぐ向ける。
「俺を魅了しようとするとは、なかなかいい度胸をしているな!だが、俺は!巨乳のお姉さんにしか興味はない!お前の様な、まだ働いてもいない!未成年になぞ!魅了されてたまるか!」
再び駆けてくる男に、少女は少し困ったような笑みを浮かべると、立ち上がり、右手を前に突き出した。男の切り下ろしが、少女の突き出した右手に触れる。が、それ以上刃が進むことはなかった。男はそれを見ると、振り下ろした軌道を逆再生するかの様にして少女の右手から剣を逃す。
そのまま一歩二歩、と少女から距離を取る男。
「なるほど、早瀬の言うことは本当だったか。では、一撃の元に沈めるとしよう」
男の持つ剣が発光を始めた。初めは、反射材程度しか光っていなかった剣は、徐々に光を増し、ついにはそこに太陽があるのではないか、と言うほどの輝きを放つ様になった。
「覚悟しろ、己の希望を通すために街を一つ滅ぼした魔女よ」
光が少女に切り掛かり、再びその刃は止められた。
「はい、そこまでー。雪くん、ちょっと張り切りすぎでしょ。君はもうおかえり」
「ちょっと待て!おい、早瀬!!俺はまだ」
新たに現れた男が、剣を止めている手とは逆の手の指を振ると、周囲が急に暗くなった。少女は首を回してみるが、先ほど輝く剣を持っていた男はどこにもいなくなっていた。新しくあらわれた男は、寝巻きを身につけており、まるで寝起きでそのまま来たかの様な格好だ。
「さて、乱暴者も消えたことだし、お嬢ちゃんの名前を教えてくれる?」
「ーーー」
「そっか、ひうらちゃんね」
寝巻き男は、しゃがみこみ、少女と視線を合わせる。
「ひうらちゃん、どうしてここにいるのか、わかってる?」
ひうらは、机に囲まれた少年を指差した。
「あそこには、誰もいないんだよ。君の好きだった男の子は、もういない。
だから、一緒に帰ろう、と言う寝巻き男の言葉を聞き、ひうらは後ろを振り返った。確かにそこにいたはずの少年の姿はそこにはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます