手も足も出ず頭さえもとうに無い

 広場の中央に建てられた柱時計を、ぼんやりと見つめる。

 そこに表示されている時間は、とうに待ち合わせの時間を過ぎている。別に彼が来るのを待っているわけではなく、ただ単に帰り時を見失っているだけだ。

 何かきっかけでもあればこの場所から立ち去れるのだが、あいにくとそこまでの出来事もなく、ただこうして時間が過ぎるにまかせているだけだ。

「おぉぉぉ!!」

 まるで獣の咆哮のような歓声が聞こえたのはそんな時だ。声に引き寄せられるようにして顔をそちらに向ければ、いつのまにできたのか、黒山の人だかりがそこにできていた。

 そこまで人が集まる中心には何があるのだろう、と興味を惹かれた。同時にここまで人が集まるまで全く気がつかない自分に少し呆れた。もしもここに人さらいがいれば、間違いなく自分は簡単に連れ去られていただろう。

 待ち合わせ場所から動く理由を探していた由佳は、その人だかりの中心地に向かって人混みを縫って進む。

「……なにこれ」

 そこでは、人の膝ほどの大きさの二足歩行のロボットを操って対戦が行われており、今決着がついたところだった。

 ここまで人が集まっているということは、前々からイベントは企画されていたのだろうな、と推測する。いくらロボットが身近になり、複雑な動きをするロボットでも容易に手に入る時代になったとはいえ、ゲリラ的なイベントでここまで人が集まるとは思えない。

「って、何してんのあの人」

 対戦の終わったロボが両陣営の人に抱えられて消えると、次に対決するロボと、その操縦者が現れた。その片側、由佳から見て左側のロボのコントローラーを握っていたのは、待ち合わせしたはずの彼氏、勇吾だった。そう言えばロボット好きだったよねーと、思わず感心するが、その次の瞬間には由佳の胸のうちを満たしていたのは激しい怒りだった。

 デートをすっぽかして、自分はこんなところで遊んでいるとは許しがたい。これは直接乗り込んで大会ごとめちゃくちゃにしてやろう、と完全に正気を失った由佳が一歩前に踏み出す。同時に、勝負の開始を告げる鐘の音がなった。

 この勝負が続いている間にあそこにたどり着いて、勇吾の頬を一発ひっぱたいて、弁解も聞かずに、交際の終了を告げ、そのまま立ち去ろう。そう決めていたのだが、勇吾の操るロボはあっという間に相手のロボにたどり着き、一撃で相手を沈め、頭を踏み抜いた。

 手も足も出ないどころでは無い。圧勝だ。頭さえもとうに無い。誰がどう見ても勝負はついている。

 あまりの実力差に、由佳は足を止め、周囲の観客も黙り込んでいる。

 一瞬遅れ、決着の鐘がなると、そこで観客の時間も動き始めた。

 そこで、先ほど由佳の時間を再開させた雄叫びがふたたび上がる。

 確かに、これはすごいと思う。

 が、それとこれとは話が別だ。

 足を再び進める。

 視線の先、由佳があと二歩踏み出せば射程に入る、というところで、勇吾と視線があった。

 しかし、もうすでに由佳は必殺のビンタを発射する体制に入っており、あとは踏み込むだけだ。

「由佳!」

 勇吾が由佳の名を呼び、由佳に対して踏み込んできた。予想外の行動に、思わず前蹴りが出る。パンツスーツでよかった。蹴りは勇吾の腹部に直撃。勇吾はグゥゥといううめき声とともに腹を抱えてそこにうずくまった。ピンヒールが刺さったのかもしれない。

 周囲が静寂に沈む。

 やってしまった、と由佳の背を冷たい汗が流れていく。

 が、引くに引けない。

「黙って。デートよりもロボが大事なのね。どんな事情があったか知らないけど、もう別れましょう」

 そう言い残すと、由佳は踵を返す。

 足を踏み出せば、そこにある人の壁が自然に割れて行き少し気持ちがいい。


 次の日、通勤途中の列車内でネットニュースを漁っていると、『無敵の破壊王、ヒールに破壊される』という記事を見つけた。どうやら昨日のあれは夢ではなかったのだな、と実感する。あまりにも現実離れしていたので、この記事を見つけるまであれが現実だとは思えなかったのだが。

 さて、彼とは部署違いの同じ職場なのだが、これからどうしよう。

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