42 どうして?
あれから数日後。
ようやく彩乃に、家族以外との面会の許可が出た。
その連絡を受けたのはしずかと京子だけだった。
当然、海斗はこの事を知っているものだと思っていた京子は、気をきかせて海斗へ転メールを送っていた。
「あっ、京子さんからだ。順調に回復したみたいですから、今日の面会は私達も行きます……って」
メールを読んだ海斗は、なぜ先に彩乃から送ってこなかったのだろうと不思議に思いつつも、面会許可の知らせを送ってくれた京子に感謝の返信をする。
「おう、そりゃあ良かった。んで? 渋川も、仕事終わったら速攻、行くんだろ?」
「はい」と、明るい声で海斗が返事をした。
お昼休みの休憩時間。いつものように海斗たち三人は、羽柴製作所の屋外休憩場所に居る。
海斗の嬉しそうな顔に、安堵する新村。ここ最近、海斗はずっと暗い顔色だったので、同僚としては気が気ではなかったのだ。
海斗のためにも、このまま順調に退院までいってくれたらと、新村は願っていた。
そして、ひたすらスマホの画面と睨めっこしている松下へと目を移す。
くわえた煙草は灰が限界まで進行し、今にもポロリと落ちそうだった。
「……しっかしお前は、呑気だなあ」
「ちがうんすよー先輩。マジ、面白いんだって、このゲーム。本当……あ゛っ! 畜生! やりやがったなこの野郎!」
と、興奮気味に画面へ食らいついている松下。灰がポロリとコンクリートの地面へと落ちてしまった。
ここ数日、松下は休憩時間になると、こうしてスマホのゲームに夢中になっている。
高校の友達に薦められて、軽い気持ちで始めたのだが、どうやらどっぷりとハマってしまったらしい。
新村のパチンコの誘いも断っている。家に籠りがちで、時間を忘れて延々とプレイしてしまうのだとか。
「へえ……松下さんがゲームにハマるなんて、珍しいですね」
「だろ、俺も松下は、夜は町へ繰り出して、飲んだくれるのが好きだと思ってた位だからな。びっくりさ」
「いや、ホント、マジ面白いんだって! 今度、渋川お前もやってみろよ、俺がやり方教えてやっからさ」
海斗は、どちらかというとオタク部類だと自負している。
当然、有名どころのゲームなんかは一通りたしなむのは常識。気に入ったゲームはとことんのめり込んでしまう。だから、今の松下の気持ちに共感できるのだ。
ただ、スマホのゲームは未だ一度も経験したことが無かった海斗は、少しだけだがその内容が気にはなっていた。
「ちなみに、そのゲームのタイトルは何なんですか?」
「おっ? これか? えっと……なんつったっけなぁ」
ドハマりしているくせに、タイトルは覚えていないとか。そこが松下らしいと言えば松下らしい。
「なんか、最近人気のある漫画か何かが元ネタって、この前言ってだろ?」
「そ、そうっす先輩! テレビのCMでも良く流れてるっすからね。うん、そうそう、先輩タイトル思い出せます?」
「バカ、知るか! 俺は漫画もゲームも、そんなものには一切興味はない」
と、新村はきっぱりと言い切った。そのくせ興味のある人気のパチンコ台が、何のアニメが元なのかは、しっかりと覚えていたりする。人の記憶なんてそんなもんである。
「なあ海斗。剣と魔法ものでさ、こういうアニメキャラ達が出てくるやつだよ」
松下はそう言うと、プレイ中のスマホ画面を海斗たちに向けたのだ。
そこには、プレイヤーと会話している数人のキャラクターが映っていた。
「今丁度、戦闘クエストが終わって、次のイベントに進むとこの画面さ」
海斗もどこかで見覚えのある男女二人のキャラクターが、音声付きで喋っている。
というかこの世界設定、物語は海斗もよく知っている。それは、
「マジ・ブレ……ですか?」
「おう! それそれ! マジ・ブレだ。さすがオタク代表の渋川、有名どころはちゃんと抑えてますなあ」
『マジックソード・ブレイクス』
通称『マジ・ブレ』と呼ばれているそれは、海斗が愛読している今最も熱いライトノベルだ。アニメ化もされて勢いに乗り、ついにはゲームにまでなっていたのだ。
ゲーム化されたその内容は、広大なフィールドをリアルな3Dキャラが動き回る、大規模多人数同時参加型オンラインRPG。通称MMORPGなのである。
独特な世界観と、爽快なバトルが楽しめるとあって、人気は更に加速しているらしい。
「……今度、やってみようかな」
「おう、やれやれっ! やるなら今からがおススメだぞ。来年には凄いバージョンアップするっていう噂だから、それに向けて今のうちにキャラを強化するって、みな躍起になってるんだぞ」
「ばーか。暇なお前と違って、今の渋川は彩乃ちゃんのことで頭がいっぱいなんだ。そんな悠長に遊んでる場合じゃねえんだよ」
「ふーん、そうっすか。まあ渋川の気が向いたらいつでも言ってくれ。一緒にバトルもしたいからな。おわっ! 次のバトル始まってるぜ!!」
再び黙々とスマホに食らいついてしまった松下。
海斗は今から終業時間が待ち遠しかった。
新村はホットの缶コーヒーを飲む。温かいコーヒーの風味が口の中に広がると、肌寒さが秋の深まりを感じさせていた。
◇◆◇
仕事が終わり、海斗は赤い軽自動車を飛ばし、相川病院へと向かった。
しかし……。
「ごめなさいね、海斗君。彩乃は、どうしてもあなたとは会いたくないって言うの」
海斗が顔をのぞかせるや否や、すぐに和恵が駆け寄ってきてそう言った。
「……え?」一瞬、何を言われているのか分からなくなる海斗。
病室の入り口で通せんぼする和恵に、海斗は入室を拒否されてしまう形となった。
「ど、どうしてです? 僕が何か悪い事でもしました?」
拒否されるような理由が思い当たらず、海斗は困惑しながら和恵に問いただす。
「私もわからないのよ。ただあの子は、どうしても海斗君とだけは会いたくない、だから、断ってきて…………とだけしか言わないから、それ以上は。ごめんなさい」
和恵は申し訳なさそうに、何度も海斗に頭を下げた。
どうして?
海斗の頭の中で、その言葉だけが繰り返される。
彩乃と再会したその日から、一度たりともこんなことは無かったはずだ。
むしろ積極的に接触を図ってきたのは彼女の方だ。
何かと理由を付けて海斗を呼び出し、とことん付き合わされるのが殆どだった。そんな彩乃を、鬱陶しいとさえ思った時期もあった位。
でも、彩乃と熱いキスをするようになって、それは愛情へと変わっていった。
もちろん、彩乃の体を求めた時は強く拒絶された。
その時のショックは大きかったが、
でも、それ以上に彼女が必死にフォローしてくれて、深い愛を感じて……。
こんなふうに完全に拒否されるのは初めてだった。
訳がわからないまま、海斗はただ茫然と立ち尽くす。
彩乃がそう強く要望するなら、仕方がない。
今日のところは引き下がるしかない……のかと。
立ち去る海斗は、和恵越しに部屋の様子を覗き見た。
ベッドに横たわる彩乃の姿が。ニット帽を被った後ろ頭だけしか見えなかった。
海斗を冷たくあしらうかのように、一切の動きを見せない彼女。
「…………」
沈黙と、ピンと張り詰めた空気が、彼女の態度を表していた。
顔は、外を向いている。その表情を伺い知ることは出来なかった。
既に来ていたしずかと京子は、海斗に向けて手を合わせごめんなさいの合図していた。海斗は苦笑いで会釈を返したのだった。
諦め、肩を落とした海斗。
静かに病室の前から立ち去っていった。
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