11 幼馴染のメッセージ


 羽柴製作所の建物の外見は、トタンで囲まれた壁やら曇りきった窓ガラスなど、これぞザ・町工場と言うに相違ないほどの会社である。


 主に下請けとして自動車部品の加工を手掛けることが多く、景気が良かった頃は土日も構わす二十四時間フル稼働で生産していた時期もあったようだ。


 しかし十数年前に景気が急激に冷え込んだ時期があり、その時は加工依頼される件数も激減してしまった。

 同業者の中には資金繰りが上手くいかずに、加工業を諦めて工場を畳んでしまった者も少なくはない。

 羽柴製作所もその波をモロに食らい、倒産の危機にまで追い込まれていた。


 もうこの羽柴もお終いだと諦めていたその時、たまたま運良く海外から大口の依頼が飛び込み、難を逃れたのだとか。

 加工精度や仕上げのこだわりなど、当時の欧州企業のトップの目に留まったのが功を奏した。どんなに難しい依頼でも断らなければ、いつか自分たちのためになると、未だに現在の社長が自慢げに話している。


 その時に生き残った会社ならば、今はもっと規模を拡大出来ているのではと疑問に思う社員一同だったが、そこは社長の経営手腕がそれなりでしかなかったと言うしかあるまい。



 それはそうと、今は午後三時の休憩中。

 ほのぼのとした工場の休憩所で、海斗のスマホにメッセージが届いた。


『こんにちはカイ♡

 今度の土曜日の朝、アヤん家の近所にある珈琲店にこれるかな?』


 と、海斗のスマホのロック画面に、彩乃からの通知メッセージ。おまけに壁紙には、可愛い幼馴染の写真が表示されていた。


「おう? 渋川クン! これはっ、この子は一体どういうことか……説明してもらおうかな!」


 スマホの画面を指差して、海斗に詰め寄る松下。

 鋭くソリを入れた眉と茶髪にした髪がより一層凄みを増幅させている。


「これは……その……幼馴染の子でして」


 新村も松下の背中越しに海斗のスマホ画面を見ていた。


「へー、それが例の幼馴染か。どれ、チョット貸してくれ」


 新村が手を伸ばしてヒョイと海斗のスマホを奪い取った。

 

「ちょ、あの、新村さん」

「まあ、まあ、ちょっとだけ。写真を見るだけだからさ」


 そういうと新村は慣れた手つきで海斗のスマホを操作する。


「行ったメイドカフェで偶然遭遇したって子だろう? 話だけは聞いてたんだが、写真撮ったなら言えよなぁ、特にカワイ子ちゃんならよ」


「あっはい、すみません……」


 相変わらずロックを掛けていない海斗のスマホは、いとも簡単に写真データにたどり着く。

 データー内も彩乃が自撮りしたその一枚しかなかったので、新村も迷う事なくそれをタップして画面全体に拡大した。


「おーーーっ、幼馴染の女子大生ー。なにこの子! めちゃくちゃ可愛いじゃんか」


「えっ、女子大生! しかも幼馴染って! クゥー! 畜生、渋川羨ましすぎるぞっ!!」


 松下は半べそを掻きながら海斗を責めていた。彼女と別れたばかりなので、必要以上に感情的になっているのだろうか。


「そんで、何このメッセージ! 『カイ♡』とか呼び捨てにされちゃって! お前、女の子苦手じゃなかったのかよ。これじゃまるで付き合っている彼女からだぞ! わーん、せんぱーい、こんな羨ましいこと、許せないっすよね?」


 ついには新村に泣きつくみっともない姿の松下だった。

 泣きつかれた新村は、何故か不気味な笑みを浮かべている。


「ああ、俺も不公平だと思うぞ」

「ですよね、そうっすよねぇ」


 一致団結している先輩たちに、海斗は嫌な予感しかしない。


「だからな、渋川クンよ。先輩たちの希望を聴いてはくれんかのう」


 妙な老人口調になった新村に、「んだ、んだ」と訳の分からない年寄りの物真似をしている松下。

 海斗は、どう合わせるのが正解なのか、面倒くさい人達だとおもう。


「…………はい、どういったご要望ですか?」


「ここはお前に一肌脱いでもらおうかと、考えている次第じゃ」


「え?」


「オホン! つまりはだな、女子大生たちと合コンってのを計画してもらおうじゃないかと思っているのだが。どうよ?」


 無精ひげを撫でながら口元をニヤつかせている。海斗に視線を合わす目は、怖いほど真剣そのものだった。新村の陰から松下が、コクコクと頷きながら陰気臭い顔で睨みを利かす。


 先輩たちの申し出に、到底断ることの出来ない海斗は半ばあきらめた感じにため息をつくと、


「わかりましたよ。アヤ…………えっと、その写真の子は古嶋彩乃って名前なんですけど、その子に訊いてみますね」


「お! そうか? なんか悪いなあー」

「やっぱり、持つべきものは後輩っすよね」

 

 急にぱあっと明るいオーラを放つ二人の先輩たちは、目をとろりとさせていて優しさに満ち溢れていた。逆に不気味だ。


「でも、あんまり期待しないでください。相手は学生ですし、その……」


「わぁーってる、わぁーてるって! そこをなんとかするが、渋川クンの役目なのだからね」


 二人の先輩に詰め寄られた海斗は「はあ……まあ……」と肩を落とす。

 仕方なく全力を尽くすしかなさそうだ。


 女子大生で心当たりがあるとすれば、彩乃のほかに例の二人。横峯しずかと新井京子だ。

 その二人でさえ、ついこの前の休日に顔を合わせただけで、海斗と親しいという訳ではない。それどころか、海斗の克服できていない病気の事を考えれば、誘うのでさえ気が引ける。


 それを考えれば、合コンが実現可能かどうかは火を見るよりも明らか。十中八九不可能だと考えるべきだと思っていた。


 もし合コンが実現できないことにでもなったら、先輩たちの冷たい態度が目に浮かぶ。

 それはそれで恐ろしい事になりそうだと、海斗は身震いする思いであった。

 


◇◆◇



 週末の土曜日。


 彩乃の希望通り、海斗は指定の時間に指示された場所にやって来た。


 前日まで彩乃から何度かメッセージが送られてきた。

 小分けにされたそれらのメッセージには、待ち合わせの店、時間、ご丁寧に地図まで添付されていた。


 どうせなら一回で送ってくれたらいいのに、面倒くさい事をする奴だと海斗は思っていた。


 どことなく昭和の雰囲気が漂う店の前に立つと、店名入りの古ぼけた看板を目にする。


「『月影つきかげ珈琲店』か……ここだな」


 間違いの無い事を確認すると、ノブに手を掛けて入り口のドアを開けた。


 カランコロン。


 ドアを開けた勢いで、ドア鈴が店内に鳴り響いた。

 開けたと同時に、店内のコーヒーの良い香りが漂ってきた。

 

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 トレーを抱えた中年の女性店員が海斗に尋ねる。

 海斗は店内に入り、当たりを見まわしながら答えた。


「あ、い、いえ……つ、連れが、その……居ると思うんですけど……」


 相変わらずのキョドりながらなので、不審な目で海斗を伺っている女性店員。すると、


「あっ! カイ! こっちこっち、こっちだよー」


 店の一番奥にあるテーブルから聞き覚えのある幼馴染の声が届いた。


 笑顔で手を振る彩乃の顔を見て、ホッとする海斗であった。

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