09 人気のラーメン屋へ


 ◇◆◇


 時間は少しだけ遡る。


「こうさあ、なんつうか、今まで行った事な無くてすげえうまいなあって店、行きたいよなあ」


 そう言いだしたのは、男っぽい喋りが特徴の横峯しずか。

 午前の授業の真っ最中、わりと後ろの席だった彩乃たち三人は横並びで長机に座っていた。

 彩乃は真ん中で、主にしずかとひそひそ声で雑談をしている。


 たまたま一緒の選択講義が土曜日の今日、しかも三人ともに午前で終わりだった。


 学食は基本的に土曜日でも営業はしているのだが、今日は設備の修理、入れ替えの為に休業になっていた。

 その事は学生たちに前もって告知されていたので、彩乃たち三人も授業が終わり次第どこかへ食事に出ようと前日から話していた。だが、何処に行くのかは直前になるまで全く決めていなかったのだ。


「そうなるとアレだよ、ここら辺のお店はだいたい行き尽くしているし、少し足を延ばさなきゃね」


「だよな、でも知らねえとこ行って、ハズレるのもいやだな」


「かと言ってコンビニのお弁当は寂しいかも、うーん、どうしようっか?」


 彩乃もしずかも腕を組み考え込むが、具体的な策は出てこなかった。


「そうだよなあー……まあ決まらんかったら、いつものファミレスじゃね? なんだかんだ安いし、そこそこうまいだろ」


 たいして考えてもいないのに、しずかは万策尽きた感を出している。

 すると彩乃が、いままで黙って聞いていた新井京子に話しを振った。


「ねえ? 京子ちゃんはどう思う?」


 待ってましたと言わんばかりに、京子がスマホの画面を二人の目の前に差し出し、にこりと笑う。


「私、ここ行ってみたいんです『ラーメン聴牌』。凄く美味しいって噂ですし、タベログでも高評価なんですよね」


「へー、ラーメンかあ、たまには良いかもね」


 彩乃は画面の情報に食いつく。

 ラーメン聴牌の店舗情報。確かに点数は四点に近く、高評価のコメントも多めだ。

 ただ、タベログの評価だけをうのみに出来ない。実際に評価の良かったお店に行って失敗した経験も多々あるからだ。

 京子からスマホを奪い取った彩乃は、画面をスワイプして次々と情報を漁っている。しずかはその横で怪訝な表情を浮かべていた。


「アタシも口コミで聞いたことあるぜその店、メチャクチャうめえらしいじゃんか……でもなあ、彩乃。よく見ろよ、その店の場所」


 改めて地図を確認した彩乃は、思わず「あっ」と声を出した。

 

 そう、そのお店のある場所とは、どこにも最寄りの駅が無い郊外のとある場所だった。

 路線バスを使えば行けなくも無いのだろうが、時間と余計なお金を消費してしまう。わざわざそんな面倒くさい方法で苦労して行く価値があるとは思えなかった。


「そうなんです、ちょっとばかり遠いんです……でも私、ずっと前からそのお店気になってたんで、もしかしたら今日あたりどうかなあって……で、その……彩乃ちゃん、お願いしてもいいですか?」


 京子に両手を掴まれてお願いされた彩乃。

 何かをお願いされたのだが、その意味が全く分からずキョト顔だった。


 京子とは反対側の席に座るしずかが直ぐに「おーっ! そういう事か」と彩乃の肩をポンと叩き、京子を覗き込む。


「京子、オメー頭良いなあ。よし、そうと決まれば! おい彩乃!」


「あっ、はい?」


「彩乃の幼馴染君、車持ってたって言ってたよな。どうせ今頃、暇してんじゃねえか? ちょっと聞いてみてくれよ。空いているようならさ、車持参で今すぐツラ貸せって」


「ああー、ハイハイ、そーいうーことね……」


 やっと話を理解した彩乃は、若干の苦笑い。

 ついこの間の休日、幼馴染の海斗に偶然にも再開したという話を、この二人に事細かく自慢してある。

 そんな都合のいい幼馴染を利用しない手はないと思ったのだろう、京子は海斗を呼び出してもらって、ラーメン屋まで車で送ってもらおうという魂胆なのだ。なかなかにあざとい。


「そんじゃ、彩乃、ヨロシク!」

「彩乃ちゃん、ごめんねー」


「あはは……」


 乾いた笑いを飛ばす彩乃は、早速メッセージを幼馴染へ送った。



◇◆◇




 大学の校門前で落ち合った四人は、挨拶もそこそこに海斗の車に乗り込み、先ずは目的のラーメン屋に急ごうと出発した。


 非常に人気のあるラーメン店という事らしいので、間違いなく順番待ちの行列に並ばなければならない。現時点でも距離というハンデがあるので、少しでも遅れを取ろうものなら食いっぱぐれる可能性だってありえるのだ。


 とにかく早く現地へ到着しなければと、ハンドルを握る海斗は彼女たちに「急げ! 急げ!」と煽られていた。

 助手席の彩乃は心配そうに「くれぐれも安全運転でね」と言ってくれたが、なにしろ女性に耐性の無い海斗は終始緊張しまくり。特に真後ろに座ったしずかの圧が凄かったのだ、色々と。


 握るハンドルは手汗でベタベタになってしまっていた。

 


 目的の店『ラーメン聴牌』前に到着した。

 やはり長蛇の列が出来ていて、一同目が点になる。


「おおおお! うりゃー!」雄叫びと共に車を飛び出したしずかは、行列の最後尾に猛ダッシュ。


「ああぁー、しずかさん、あんなに張り切っちゃって、あの人すごいですね…………で? 彩乃ちゃん、私たちどうしましょうか?」


「まあ今更しょうがないか……あのラーメン屋さんに決定よね。うん、少し時間かかるかもだけど、折角ここまで来たんだもん、しずかさんに続きましょ」


 一足早く行動にでてしまったしずかに目をやり「ですよね」と項垂れる京子。残された三人はそれに付いていくしか選択は無かった。


「じゃあ、アヤたちはここで降りて順番待ちしてるから、カイは、どこか近くの駐車場に車停めてきてくれる?」


 行列の出来ている店舗には駐車場らしき敷地が見当たらず、どこからともなく集まる客は皆徒歩で湧いてきていた。


「ごめんなさいね渋川さん、付き合わせちゃって。慌てなくて大丈夫ですから、また行列でお待ちしています」


 いつも通り海斗を小間使いとして扱う態度の彩乃に対して、優しく丁寧な口調で京子が気に掛けてくれた。


「あ、あ、ありがとう。じ、じゃ、車置いてくるよ、うん」

 

 それでもやはり緊張してしまう海斗だった。情けない。



◇◆◇


 

 海斗は近くにあったコインパーキングに車を停めて、ラーメン屋の行列に並ぶ彩乃たちに合流する。

 まだまだ店内にたどり着くには時間がかかりそうだった。


「彩乃さんから聞いたんですけど、渋川さんって赤ちゃんの頃からずっと彩乃さんと一緒だったんですか? 引っ越しで離れ離れになるまで?」


「え、ええ、まあ。す、すぐ隣の、家だったから」


「はあー、良いですよねえそういう関係。幼馴染の彼氏と彼女、すごく羨ましいです。私もそういう男の子欲しかったなあ」


 はぁーと吐息を吐きながら、両手を胸の前に合わせて天を仰ぐ京子。


「京子ちゃん! カイはアヤの彼氏じゃないからねっ! ただの幼馴染よ、お、さ、な、な、じ、みっ」


「おお? そのわりには彩乃、普段よりも随分とメス顔になってんじゃねえか。まあ、そりゃそうだよな、こっちはあれだけ毎日幼馴染君の自慢話聞かされたんだぜ、さぞイケメンかと期待していたんだが…………結果、こんなだったし」


 そんなにストレートなダメ出しに、心が折れそうになる海斗。


「ともあれ、大好きだった幼馴染が十年の時を越えて再会したとなりゃあ、ちょっとぐらいオタクでダサくても、それなりにときめいちまうってもんよ。なあ、幼馴染君!」


 急に振られた海斗は、目を泳がせながら首を傾げたり頷いたりと、挙動不審が極まりない。額には脂汗がたっぷりと滲んでいた。


「オタクとは失礼ね。カイはこう見えてもちゃんと就職して一人暮らし頑張っているんだもん」


 心強い彩乃の援護射撃。


「はあ? メイドカフェに一人で行くような輩だぞ! オタクじゃなけりゃ何なんだよ」


「うっ! それはその……たまたまよ、たまたまカイは、あのお店にはいっちゃったんだよねー。アヤの幼馴染という針金より強い赤い糸に引き寄せられた結果よ。幼き頃からの強い絆! うん!」


 自信満々に力説する彩乃。無理やりのこじつけのような気もするが、針金より強い糸って何。


「じゃあさあ、じゃあさあ。小さい頃にそんな毎日遊んでいたんですから、お風呂だって一緒に入ったって事ですよね?」


 京子は、興味津々にマジ顔で訊いてきた。

 カーッと耳まで真っ赤になった海斗と彩乃。二人の反応はほぼ同時。

 たとえ子供の頃の思い出でも、こうもストレートに質問されて、同時に当時の記憶の映像を引き出されると結構恥ずかしかったりする。


「うわーーーっ、マジか。二人とも超エロガキだったんじゃねえかよ! やらしいなぁ、だから彩乃のパイオツでけえのか!」


しずかは横目でニヤリと嫌味を利かせた顔をする。


「ちょっ! しずかさんッ!!」

「うひゃー、おおーこわっ」


 言うまでも無いが、のけぞっても薄い胸のしずかであった。がんばれ。


「なんにしても……幼馴染君が現れてくれて良かったよな?」

「ええ、そうですねしずかさん、私たちずっと彩乃さんのこと気にしていたんです。人には言えない心配事があるのかなぁーって。それに比べたら今の彩乃さん、とても明るく、柔らかくなって私好きですよ」


 目を閉じて何度も頷いていたしずかは、突如目を見開き「おい、幼馴染君!」と海斗を指差した。


「は、はい」


「彩乃はこんな奴だけどよ、どうやらお前じゃなきゃダメな事もありそうだから、そん時は頼むかもしれんからよろしく頼むぜ」


「あ、はい、それは勿論……」


 少しだけ男らしく答えた海斗、その視線は肩を窄めていた彩乃を捉えていた。

 やっぱり彩乃の友達だ、それぞれ個性は強いものの、心底彩乃を心配しているのが伝わってくる。

 今はその心配事は何なのか知る由も無かったが、もし彩乃の身に危険が迫ってくるようなら全力で守ろうと心に誓う。


 一方の彩乃は「こんな奴ってなによっ」と赤く頬を膨らませてブツブツ呟いていた。


「あと、今日は幼馴染君のおごりな!」


「え? ええーーーっ!!」



 それからしばらくしてから、やっとの思いで入店出来た海斗たち。


「んーーーー! 美味しいですっ!」

「うめえ! なんじゃこりゃ、やばくね?」


 四人で一つのテーブルを囲み、いい匂いと共に注文したラーメンが運ばれてきて、待ちきれない腹ペコの彼女たちは我先にと早速ラーメンに食い付いた。


「うん、美味しい! ねえ、カイ。来てよかったね」


「……ああ、そうだね、諦めずに並んだ甲斐があったよな」


 少しだけ、ほんのちょっぴりだけど、海斗は彩乃以外の女性に慣れたような、そんな気がしたのであった。



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