04 中古の赤い軽自動車

 にぎやかな店内に、一人取り残されてしまった海斗。

 目の前には、先ほど彼女がケチャップで絵柄を書き残していったオムライスが、ポツンと残されていた。


 周りを見れば沢山のメイドさんたちが、所狭しと忙しくも楽しそうにお客とゲームをしたりお話したりと、大いに盛り上がっていた。


 彩乃をひいきしている訳ではないが、顔のかわいらしさといい抜群のスタイルといい、彼女の男性客受けは、この店の中で一、二を争う位なんじゃないかと海斗は思った。


 当然人気があれば、彼女が席を離れてしまうのは仕方の無い事であるが……


 悔しい思いと、もやもやとした気持ちの海斗。握りしめたスプーンを相合傘めがけて突き刺すと、その勢いでオムライスを口の中へ。

 あっという間に食べ終わってしまった。


 直後に届いた紅茶を啜りながら海斗は彩乃のいる席に目を向ける。

 いかにもオタクっぽい男性の頼んだ食事に、お決まりのお絵描きをしているようだった。その後、これまたメイドカフェでは定番の萌え萌えキューンみたいなサービスをしていた。


 メイドカフェの店員さんとしてのお仕事なのだ、それを頑張っている彩乃はすごい。


 などと、頭ではわかっているのだが、いざ幼馴染の女の子のそういった姿を見てしまうと、なんとも言えない感情が沸き上がってしまう。

 そんな彩乃の行動を目にしていた海斗は、とてもじゃないが居た堪れなくなり、紅茶を一気に飲み干してお店を出てしまった。


 久しぶりに再会したばかりで、互いの近況など全く知らないというのに、彼女をさも自分の物のように考えてしまう自分を、心の狭い女々しい奴だと思ってしまった。


 とんだ勘違い野郎なのだと、海斗は自己嫌悪に陥った。




 メイドカフェの近くにある駐車場。

 海斗は自分の車の側にある縁石に腰掛けて、幼馴染の仕事が終わるのを待っていた。


「はぁー……やっぱ、店の中で待っていれば良かったかなあ」


 大きくため息を吐くと、薄暗くなってきた駐車場の片隅で一人呟いていた。


 約束の時間からもうすでに一時間は経とうとしていて、かれこれ二時間近くこの場所にいすわっている。その間、スマホで何度も時間を確認しながら彩乃が姿を現すのを待っていた。


 店内でくつろいでいてと彩乃に言われていたのに、幼馴染が他の男性客と仲良くしている姿を見るのが辛くなって早々にお店を出てしまった。

 

「フッ、別に彼女でもないのにな……」


 改めて自分の心の狭さに失笑する。

 今日の最大の目的は、女性への苦手意識を克服することだったのに。その目的も忘れ去ってしまった自分に、今更ながら嫌気がさしていた。

 

 そう、考えを巡らせていると、いつの間にか時刻は18時を回ろうとしていた。


「カイーー」


 ふさぎ込みアスファルトへ視線を落としていた海斗へ、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。


「待たせてごめーん!」


 この弾んだ呼び声は間違いなく彩乃だ。海斗はすぐに声の方に振り向いた。


 海斗の目に飛び込んだのは、小走りで手を振っている普段着の彩乃。


 デニムのショートパンツにフレンチスリーブのシンプルな白いTシャツ、シャツの上には丈が短めのノーカラージャケットを羽織っている。カチューシャやリボンが付けられていた髪は、シンプルに纏められていて、落ち着いた私服と共に随分と大人びた見た目になっていたのだ。

 さっきまでのメイド姿とはまた違った魅力に、海斗は少し見とれてしまっていた。

 

「ハア……ハア……抜け出すのに大変で……ハア……そんでこんな時間になっちゃったのよ。ほんとにごめんね」


 彩乃は海斗の側て立ち止まると、息を切らしながら両手を顔の前で合わせていた。

 海斗は頭を振ると、持っていたスマホを彩乃に見せた。


「……いいや、大丈夫……スマホで時間つぶしていたから」


 と、時間の事など全く忘れていたかのように海斗は告げる。

 しかし、彩乃は口をへの字に曲げていぶかしむ顔をした。


「本当に? もう薄暗いのに? だからお店でゆっくりしていてって言ったのに、カイったら何も言わずにすぐ出て行っちゃうんだもん」


「僕は外の空気が吸いたかったの。あんなに人だらけの場所じゃ息苦しくて……だから、アヤに伝えたい事をメモに書いて残していったんだ。受け取っただろ?」


 家まで送ってほしいと彩乃に言われたものの、その後は一秒たりとも接近すら出来ていなかった。きっと彼女は、自分のバイトが終わるまで、海斗が店内で待っていてくれると考えていたのかもしれない。

 もう店内には居たくなかった海斗だったが、何も言わずに店を出て行ってしまえば、せっかく再会した幼馴染に二度と会えなくなるといった最悪のパターンだってありえる。

 それだけは避けたい海斗は、何か良い方法は無い物かと辺りを見回した。目に留まったのはテーブルの端に備え付けてあったアンケート用紙。それをメモ用紙代わりにして、伝言を書くことを思いついた。


「うん。確かに、カイの気持ち受け取ったよ。んふっ、ていうか照れちゃうね」


 肩を寄せて嬉しそうにしている彩乃。


「……いや、そんなに喜ぶような内容じゃなかった……はずだよね?」


 女の子とまともに会話が出来ない海斗は、伝言では上手く伝えられないと考えた。それならばとアンケート用紙の裏側にメモ書きをして、彩乃に渡してもらう作戦に。

 店を出る時に受付にいたメイドさんに預けて、それを彩乃にとお願いした。あがり症で預けるのにも割と苦労してしまった。そのせいだろう、メモ書きを受け取ったメイドさんが海斗のことを必要以上に不審がらせてしまったので、無事に手渡してもらえるか不安があった。


 で、そのメモの内容はというと、

『メイドカフェのすぐ近くの駐車場で待っている。海斗より』

 たったそれだけの内容だったと思うのだが、とにかくアヤは嬉しそうにしている。



「ねえ、ねえ、カイの車ってどれなの?」


 額に掌を水平に当てて、十台ほどしか止めていない駐車場をぐるりと見まわす彩乃。中にはウン千万は下らない高級車もあったりする。


「もしかして! こんなすごいのだったりして」


 五メートルほど離れた場所に止めてあった黒光りのベンツを指差して瞳を輝かせている彩乃。


「なわけあるか!」


「えー、だって、働いて稼いでるって言ってたじゃん」


 元をたどれば彩乃は気の知れたお隣さん、海斗の家の懐事情はおおよそ見当がつくだろう。よほど宝くじが当たらない限りそんな高級車には手が出せない。しかも働きだして間もない海斗にとって、今は生活していくだけでもやっとやっとだった。


「あのなっ、働いているって言ったって、製造工場で、しかも僕はまだ見習の分際だぞ、給料なんて微々たるもんさ」


「そこは……ほら、マイカーローンとかあるじゃない。若いうちだけだよ借金できるの」


「バカ言うな、借金なんて冗談じゃない」


「へへー、まあ普通はそうだよね。ぷっ、おかしー」


 どうやら彩乃は海斗を冗談交じりにからかっているようだ。噴き出したあとはクスクスと笑っている。

 ポリポリと掻いた海斗は、スクっと立ち上がって、


「僕の車はこれ。中古で買った軽自動車」


 すぐ側に止めてあった自動車のリヤガラスをポンと叩いた。


「まあカイがここに居たから、その車じゃないかって大体わかったけどね」


 彩乃も海斗の自動車に近づいて、塗装面をスーッと撫でた。


「へぇ~、いいじゃん、情熱の赤色じゃん、可愛いしカッコイイよね!」


「だろ? 自慢の愛車なんだ」


「おー。じゃあアヤを乗せてってくれるお礼に、ジャーン! はい、これ!」


 彩乃は手に持った小さな紙のカードを海斗の目の前に差し出した。そのカードを受け取った海斗は、いったい何だろうと思い確認すると。


「この駐車場の一時間無料券よ。全部で四枚あるわ」


「おおーすげえ、しかも四時間分も、本当にいいのかよ?」


 割とここの駐車場の料金は高く、ほぼ三時間越えの料金がかかる予定だったので、海斗にしたら駐車無料券は本当に嬉しかった。


「うん、そんなのお客さん用だもん大したこと無いわ」


「こういうサービスって普通、一時間位だけだろう?」


「まあね。でも、せっかくカイがここまで会いに来てくれたんだもん」


「ここに来たのは、たまたまだけどな」


「それに、長時間待たせちゃったからそのくらいの事しないとね。だから、レジからちょっとくすねてきたの」


「おいおい、大丈夫か?」


「へーきへーき。じゃあカイ、アヤの家までお願いね」


「おう、任せてくれ」


 二人は駐車料金を魔法のカードで精算し、赤い軽自動車に乗り込んだ。

 駐車場を出た赤い軽自動車は、一路彩乃の自宅へ向けて走り出していった。

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