第79話「偶然か必然か」

 程なくして、結界に攻撃を仕掛けている存在の排除に成功。報告の内容から相手はゴーレムとのことで、強さも大したことはなかった。との成果が不夜城となっている本陣にたらされ、天幕内では成果をもとに相手を分析。敵の数は少ないのではないかとの見方が濃くなっていった。


「その数もストーンゴーレム2、マッドゴーレム3の数体のみ。待ち伏せもなかったとのことです」

「では敵の数も少ないと考えて間違いないか……」

「少数となった者たちを各個撃破しようとの動きもなかった訳ですしな」

「そう思わせ、攻めさせる作戦なのでは?」

「そこまで考えるのは杞憂だろう。何もかもを悪く考えては動けなくなる」

「確かにそうだが、楽観して痛撃を受けるのは避けるべきだ」

「その意見には賛成だが、最悪を想定しつつも果敢に攻めるべきだと私は思う」


 子爵はそれらの意見を聞き、明日に攻めることを再度言明する。敵は寡兵の可能性高し、狙いはこちらの消耗と時間稼ぎ、知恵は回る者がいるので油断はできないが攻める時だと。


「勿論最悪の想定もする。旗色が悪くなれば即撤退、中央の増援や勇者様に任すのがよかろう」


 そうして子爵軍は目的意識を統一し、一丸となって日の出まで防衛することに成功。敵も無駄な消耗を嫌ってか朝焼けとともに撤退し、幾ばくかの平穏を得た。

 子爵は全部隊にこれからの行軍予定を再度確認し、魔術薬による回復と朝食が済んだら進軍を開始すると命令。連隊は慌ただしくも英気を養い、ダンジョンと目される地点へと足を進めるがーー


(……進軍速度が遅いな)


 まだ動き出して少しの時間も経っていない。疲れるのには早すぎるし、会敵したような騒めきもない。

 子爵はすぐさま把握に乗り出そうとしたーーその時、伝令が欲しいと思っていた情報を持ってきた。


「何があった」

「はい、実はーー」


 伝令の報告によると、森の至るところに罠が仕掛けられているらしい。注意を引くようにあからさまもの・隠蔽を施したもの・設置型の魔術・原始的なものと様々で、感知や探知をしつつ解除も並行しているので速度が落ちていると。

 魔術で焼き払ったり壊したりできないかとも思ったが、どうやら広範囲に施されているために難しいらしい。


(下手に騒ぎを起こしては魔物を引き寄せてしまう。無駄な戦闘は避けるべきかーーなんだ?)


 前方から騒めきと動揺が広がってくる。

 子爵は周囲に何が起きているかを問うが、どれも前方から聞こえてくる断片的な情報ばかり。


(もどかしいが報告が上がってくるまで待つしかない)


 待つ間も聞こえてくる動揺の声。

 その内容を統合すると罠の解除に失敗したらしいが、単に不手際や感知漏れではないだろうか。子爵はそれでここまで騒ぐ先鋒部隊に怒りを覚えたが、伝令の到着によってその熱は寸断。情報の精査をするために耳を傾けた。


「何があった」

「っは、罠の確認できない場所で突如爆発が起きました。密集していたところにもらったため重軽傷者は多数、ただいま魔術にて治療を行なっています」

「そうか……感知漏れではないのか?」

「いえ、その可能性は薄いかと。隊長格が捜索していた範囲なので……」

「探知漏れという線は?」

「同時に行なっていましたので、その可能性も低いかと……」

「ふむ……」


 先鋒部隊の指揮を任しているのは私兵の一人。奇襲による無駄な被害を避けるために配置した、我が軍でも随一の手練れ。察知に関しては我が軍でも随一、その者が察知できないとなれば相手の隠蔽は手に余る。


(力押しで破壊しながら進む……いや距離的に魔力がもたんな)


 それに魔術薬も多少は残しておきたい、帰路のこともある。

 子爵はそう考え、進軍速度を犠牲にすることを決意。先鋒部隊に罠の発見により尽力せよと命令を出す。


(相手の時間稼ぎに付き合うことになるが、見落とした罠で死ぬなど御免だ。なるべく私兵にも被害を出したくはない……)


 緩まる進軍速度のなか罠は順調に解除され、被害の報告も上がらなくなる。

 だが子爵の心は晴れなかった。どこか相手の術中にはまっているような感覚が頭を支配する。浮かぶのは「ダンジョンは時間を与えれば与えるほど厄介になる」という有名な言葉。そしてその言葉は現実のものとなる。

 再び広がってくる動揺、再び報告に上がってくる感知できぬ罠、そして聞かされる爆発による被害。さらに凶報は続くーー


「伝令っ!!」

「……今度はなんだ」

「前方と左右でアンデットとゴーレムが野生生物の虐殺を開始。血を撒き散らしています……」


 子爵は最悪の事態を思い描いてしまった。

 魔物は血の匂いに引き寄せられる。もし飢えた上位存在が現れれば、我が連隊を食い散らかしにくるだろう。たとえ並の個体でも集団となれば複数の戦線を抱えることとなる。


(いや待て、まだ間に合う。早急に排除できれば集まる数も小規模で済むだろう、強襲をかければーーダメだ、相手には感知できない罠がある、下手に飛び込めば餌食に……各個撃破力押しで罠を破壊しつつ進めばーーそれもダメだ、詠唱や設置している間に距離を取られる。罠もどこまであるかは判明していないーーそうだ、精鋭のみを先行させ各個撃破に持ち込めばーー)


 その時、運命を分ける報告が舞い込んで来た。

 目的地方向から人類共通の撤退信号が放たれたと。魔術の反応も確認され、間違いないと断定もされた。そしてさらにもう一つ、別方向からも撤退信号が上空に放たれたと。


(他国の部隊は引いた。残っているのは我が軍のみ……あちらの相手をしていた戦力もこちらに向かってくるだろう。両軍を退かせるほどの戦力がだ。考えろ、この戦場、この状況は命を賭けるほどの舞台か?……いや、そこまでじゃない。私の命はそこまで安くはない)


 子爵は撤退を決意し、全軍に転進するように命令を飛ばす。

 その表情と空気は側近を震え上がらせ、各隊に伝令に走った部下は転がるように離れていった。


(だが負けではない。今回の戦闘でカナリア共は半数も処分でき、戦費で経済は周り、訓練にもなった。だから負けではない、最後に勝てば私の勝利だ、生き残った方が勝者なのだ……)

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僕のダンジョンは魔王軍の前線基地ではなく「囮」 @tagugu0503

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