第78話「相手の狙いは……」

 目視できたアンデットの軍勢は子爵率いる連隊の半数以下。数的優位がある現状だが、感染して増える可能性も考えると安穏とはしてられない。一度傾いてしまえば容易に流れは変わってしまうほどの差とも考えられる。結界も過負荷がかかれば突破され、虎の子の大規模浄化魔術も使い所を間違えれば連発はできない。

 子爵は一先ず定石を打つことに決め、伝令を集めた。


「各隊に伝えろ。兵を結界外縁部に展開させる。重装歩兵は先頭、密集隊形で敵をある程度押し返す。軽装備の者は盾の隙間から槍で攻撃させろ、それ以外のものは後方からは魔法や投擲だ。まずはそれで敵の数を減らす。私の護衛部隊、従軍司祭は予備戦力だ。左右と後ろからの攻撃に備えるーーだが余剰回復するくらいの魔力量は働いてもらうぞ。護衛部隊は持ち回りで危なそうな場所を援護してやれ。従軍司祭には発症前の感染者を治療してもらう。設置型の結界を構築して今回は手は空いているだろう、金をせびられたら交渉には応じると約束してやれ。事態は一刻を争う、行け!!」

「「「っは!!」」」


 目にも止まらぬ速さで散っていく伝令。その様子を見送った子爵はすぐさま従者を呼び、敵の情報をなるべく細かく集めてくるように指示を出した。


(さあ、相手はどう動くか……)


 子爵軍は速やかなる対応の結果か、定石通りにアンデットは数を減らしていくことに成功していく。死傷者の報告も少なく、疲労や消耗はあれど優勢に推移しているとの報告も上がってきた。従者からも敵は下級アンデットが中心で、戦力的には優っているという分析だ。

 しかし下級ばかりだろうと知恵のある個体が率いている大軍、そのまま楽に勝たせてくれる訳もなし。舌打ちをしたくなるような報告も上がってくる。積極的に攻めず、木々を盾にするように散開し、ある程度の距離から野生生物の糞尿を投げてくると。分散した敵を各個撃破・一気に攻め立てる好機ではあるが、左右後方でもアンデット発見の報告が上がっているので安易には攻められない状況だ。子爵は「夜でなければ」と思わずにいられなかった。


(糞尿を避ければ陣形が乱れ、障壁を張れば魔力が消耗。かといって魔術で洗浄するとしても都度行う訳にもいかない。だが放置すれば士気に関わる……疫病蔓延の可能性も無視はーー)

「報告があります!!」


 転がり込むように伝令が天幕へと入ってきた。

 子爵は嫌な予感を覚えながらも平静に対応する。


「……どうした?」

「結界に負荷がかかっていると、原因は不明です!!」

「維持に問題は?」

「人員を割けば問題ないとのことですがーー」

「回復のできる要員を失うか……」


 しかし地の利とも言える結界を失う訳にはいかない。子爵は結界の維持に従軍司祭を割くことを決意、すぐさま伝令を走らせ、原因を探らせるよう護衛部隊の一部に指示を出した。

 自軍の優秀さ故か、はたまた相手の落ち度か誘いか、原因究明に時間はかからなかった。どうもアンデット化した小動物が投擲されているらしい。子爵は詳しいことを聞くために、解明した護衛から直接話すことにした。


「夜間という視認性の悪さ、投擲されているアンデットの魔力反応が小さすぎること。これが感知の網を抜けていた原因かと思われます」

「……アンデット以外の仕業、連携か」

「はい、恐らくは」

「投擲している存在の排除は可能か?」

「頻度、数から相手は多くありません。お任せいただければ問題なく」

「では編成は任せる、引き際を見誤るなよ」

「っは!!」


 結界の維持に従軍司祭を割かれてしまえば、対面している大軍に勝つにはある程度の被害を覚悟するか、少しずつ削るような戦いを強いられる。


(これならば被害を考えずに最初から突撃していれば……いや、その選択肢はなかった)


 日中の段階では敵は未知数。ダンジョンでの戦闘まで考えた結果の温存、移動しながらの結界構築と消耗、日が沈むまでの時間も考え誘われている可能性も考えた。強気に攻めることは蛮勇、それを選ぶことは難しかった。

 だがそれも敵の術中だったのかもしれんな。この夜の内に相手が仕掛けてきたのは消耗戦、時間稼ぎだ。今後も無理して付き合う必要はない、勝負は明日だ。アンデットの弱まる日中に強襲をかける。この夜の内に仕留め切らないのが証明となる、相手は寡兵だ。


(だがもし油断を誘うような狡猾な相手ならば? カナリア共を盾に退却するだけだ、問題はない

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