第76話「長い夜の始まり」
子爵率いる連隊は日が沈む前の早い段階で野営準備、防衛陣地の構築に取り掛かった。従軍司祭には結界を、私兵や護衛には本陣周辺の諸々を、そして周辺には捨て駒たちを配置。その陣形は円型、均等ではなく逃走しやすいように分布を偏らせた。
そんな陣構築の最中も子爵は休むことなく軍議を開き、見落としがないか側近たちの意見を集める。
「皆の意見も聞きたい、遠慮なく言ってほしい」
「子爵様、発言よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
挙手をした聖職者が立ち上がる。その装いは行軍に適さぬほどの豪奢なもので、魔術的な効果も凄まじい。
(神の名を語る金の亡者が……黙っておけばいいものを)
かといって相手は従軍司祭の責任者。これからの方針を決める軍議に呼ばないわけにもいかない。
聖職者の発言内容は報酬の追加。これから予想されるであろうアンデット戦を見越しての要求だろう。これから予想される危険性を誇大妄想的に並べ立て、対価が期待できなければ引き返すことも視野に入れると脅してきた。
「……追加報酬は検討しよう。だかあまり期待されぬようにお願いしますぞ」
「ええ、もちろんですとも」
(契約も交わさずに引き下がるとは……金の亡者め)
この場にいる誰もが追加報酬の行き先を察し、目を冷たくさせた。子爵は重苦しくなる場を払うように咳をし「他にはないか?」と意見を募る。
そこからは建設的な軍議の流れとなった。アンデット以外の警戒、敵はダンジョンモンスターの手勢である可能性、明日の行軍時には罠を警戒したほうがいいのではという意見などなど……非常に有意義なものとなった。
そうして日が陰る頃、軍議は解散の運びなった。子爵は蛇足だろうと思いつつも立ち上がり、訓示をすることにした。
「では最後に、皆も知っているだろうがアンデットは夜に活発化する。各部隊は警戒は怠らないように」
「「「はっ!!」」」
「だが休息もきちんと取らねばならない。明日のダンジョン攻略に支障が出ては本末転倒だ、特に魔力消費を大きい者は十分に休ませろ」
「「「はっ!!」」」
「しかし皆聞いてくれ。敵は知恵の回る存在だ、夜間に本格的な攻勢があるのは容易に予想できる。なあに、ちょっとした夜遊びだ。楽しくヤろうじゃないか」
「「「はっ!!」」」
「では解散」
各々が自分の部隊へと散り、伝令が夜間での配置を伝え、各員が携帯食料を流し込み、日が沈んで夜がやってきた。
仮眠をとっていた子爵は「敵襲っ!!」との声に意識を覚醒させる。浅い浅い眠りだったので着の身着のままーーといって装備をつけたままなので、準備する必要なくテントから飛び出し部下を呼ぶ。
「どこからだっ!!」
「目的地方面からです!!」
胃の様子から時間はそんなに経っておらず、夜はまだまだこれからだ。子爵は浮き足立っているであろうカナリア供をまとめるように伝令を飛ばす。視界の悪い夜間での戦闘、あまり経験のない者には荷が重いだろう。追加で指揮する人員を私兵から回し、進捗を待つーーと思っていたら敵はあっさりと引いていった。
(……本当に随分と頭が回る個体がいるようだな)
子爵は休める内に休むように指示を出し、警戒要員には気を張りすぎるなと伝令を飛ばす。
だがその効果は乏しく、きちんと体現できているのは従軍経験が豊富な周囲の者たちだけだった。
(相手の狙いは単純だが非常に厄介だ……これは長い夜になりそうだな)
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