第61話「酒の怖さ」
それから僕は気を落ち着かせること、気分の向上に努めた。
この時ばかりは200年の人生経験も無駄ではない、と思える。単純に諦めた、慣れつつある、ルーティン気味という可能性もあるが……まあとにかくコントロールできるというのは便利だ。老成とても言うのだろうか、身体的にそのような予兆がないので実感はない。
「ふう……」
ふと気づけば、外の喧騒が聞こえくるようになった。村人が働きはじめる時間帯だろうか、そこまで時が経った感覚はない。少なくとも昼、間違っても夕方ではあるまい。
僕は締め切っている窓を開けると、日の光に目がしみた。太陽の位置から早すぎない朝、くらいの時間だろう。農民視点から見れば寝坊の範疇に入る。
(最悪食わなくても大丈夫だが……朝食はまだ貰えるだろうか)
僕は手早く身なりを整え、母屋へと向かう準備をする。といっても着替えもなく、荷物もないので特にすることはない。せいぜい忘れ物の確認程度だ。
「ん?」
そこでウサギの皮がないことに気づいた。
僕はどこかへやってしまったかと寝ていた場所を探すが、見つけることはできなかった。服のどこかに入ってしまったかと探っても、どこにも無い。
(考えられるとしたら宴会した場所か?)
はっきり言って、そこまで執着する必要はない。
だが、あるはずの物がないのは気になる。処理もまだ済んでいないし、早いところやってしまわないと用途が限られてしまう。そうなれば金銭的価値も下がり、売る際に困ってしまう。まあどっちにしろ価値など高くはないだろうが……
(こりゃ村長に聞いた方が早いな)
僕はさっさと切り替え、母屋へと向かった。
すると偶然にも、出かけていくと思われる村長と遭遇。僕は彼を呼び止め、ウサギの皮は知らないかと尋ねた。
「お前覚えてないのか?」
「……なにをでしょうか?」
詳しく聞くと、僕は宴会中に話した猟師に皮の処理をお願いして、その場で渡したとのこと。
全く覚えていない、酒おそるべし。
「ああ、あとなーーちょっと待ってろ」
村長はそう言うと母屋へと慌ただしく入っていき、皮袋を手に持って返ってきた。
「ほれ、昨日約束した皮袋だ。貸してやる、ダメにすんじゃねえぞ」
「えっと……」
「お前、何にも覚えてねえのか……」
さらに詳しく聞くと、僕はどうやら皮袋を貸してくれと酷く絡んだらしい。
ダメだ全く覚えていない。これからは酒は控えようーーいや、自制して飲もう。
(変化の影響だろうか……それともあの酒の度数が思ったより高かったのか?)
考え込む僕に村長は肩を叩く。
「まあ気にすんな、そんなに酷くはなかった」
「はあ……」
覚えていないので安心できない。
そんな心境が顔に出ていたのか、村長は再び肩を叩き励ましてくれた。その気持ちはありがたい、ありがたいが素直に受け取れない表情してやがる。被害妄想かもしれないが、声色にもそれが滲んでいるような……
「朝飯なら母ちゃんに言ってくれ、俺は仕事行かなきゃいけないからよ」
村長は露骨に調子を変え、逃げるように去っていった。
ちくしょう、あの野郎、覚えてやがれーーいやいや気にするな気にするな。覚えていないが皮袋はありがたい、朝ごはんも大変ありがたい、気持ちを切り替えよう。
(朝ごはん食べたら森にでも行こうかな……)
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