第59話「夢」

 いつの間にか眠りへと落ちていた。その瞬間は分からない。

 そして僕はいま夢を見ている。懐かしい、過去の記憶だ。転生して間もない頃の、まだ日本人らしさというか平和ボケの抜けていない時の自分だ。走馬灯のように、時間感覚を感じさせずに流れていく。


(本当にあの頃は辛かった……)


 今世の僕に親はなく、魔族となった僕は魔素溜まりから生まれた。しかしこれは数少ない幸運だろう、何故ならこのタイプの魔族は大体が成体として誕生する。もし親から生まれるタイプならきっと過酷な生存競争や、強制的な文化の押し付けにあっていただろう。


(でも最初から大人として生まれたなりの辛さも多かった……)


 既に大人とくれば社会の枠組みに入れられる。異世界に心ときめく暇はなかった。警邏隊に見つかり捕らえられ、上位存在から服従か死かを選ばされた。詳しい説明はなく、ほぼほぼ強制で、選択肢はなかった。最初からある程度の強さなら抵抗はできたかもしれない。でもそれは一時しのぎで、優秀な個体はさらなる上位存在によって恐怖を植えつけられるだろう。自分の方が強者であると……


(下手に逆らっていたらあの時に死んでいたからなーーいや楽に殺してくれたかどうか怪しいな……)


 それに文化も独特だった。力こそ全て、成り上がりたければ命令している奴から殺して奪え。まさに人外魔境だった。食い物も肉食獣のように生肉を食べるし。それは魔物であったりもした……今でも吐き気がする。魂を好む奴もいれば、無機物を取り込むやつもいた。僕は魔素であったり、生命力を糧とするタイプだ。


(本当に魔素だけでも生きてられる体で良かった……)


 末端には食料というか強くなるための糧が回ってこない。魔石であったり、魔素の抜けきっていないくらい鮮度を保った肉、各特性に応じた物質、魂といったもの。それらは上で搾り尽くされる。いざ回ってきても悪影響を受けるほど質の悪いものばかり。なので扱いの悪い者は魔素を取り込み、死なないように現状を維持するかない。


(といっても僕には才能がなかった。全然能力も伸びなかったし……)


 もし完全な精神体として生を受けていたら話は変わっていた。彼らは魔素だけでも自分を強化でき、その存在の多くは才能溢れているか、何か特殊な能力を宿している。


(それを羨んでも今は変わらない……それを受け入れるのにはかなり時間がかかった)


 でも、と思ってしまうことがある。

 もし知恵を、策謀を巡らすのを至上とする派閥に取り込まれていたら、今世は変わったものになっていたのでは……と。


(……いや、謀略に巻き込まれて終わっていただろうな)


 そう考えると脳筋な集団に組み込まれて良かったかもしれない。

 扱いは酷かったーーなんて言葉じゃ語れないが、パシリをしているだけで生きていられた。


(いやあれはパシリと言っていいものかどうか……)


 本当に辛かった。希死念慮に捉われていたし……

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