第57話「寒色系の何か」

 僕は覚悟を決めた。落ち着かせるように短く息を吐き、直視しては無理そうなので目をつむり、レンゲを口へと運ぶ。味さえ良ければどうということはない。色はともかく造形はホルモンだ、前世でも焼肉屋で食べたことがある。虫や凄まじいゲテモノ料理ではないのだ。生理的に受け付けない訳じゃない。


「どうだ、美味いだろう?」


 確かに噛めば噛むほどに旨味が出てくる。塩も効いているし味に関しては文句はない、ないのだが……あれを食べていると想像すると評価も下がる。食感もホルモンと似ているのに、なんで色味が違うだけでこうも気分が違うのか。


「(料理も色彩が大事と知ってはいたが、異世界で実感することになるとは……)……ええ、まあ」


 そう答えると僕以外の全員が笑った。そんな納得しきれない様が面白いのだろうか、なんかネタにされた気分だ。

 だが味は悪くはない。悪くはないが、僕はさっさと流しこもうと酒を口に含む。すると不思議なことに酒の味が全く変わっていた。


(違う酒か?)


 僕は盃を確認するも、先ほど受け取ったものと同じだった。


「そんなに不思議か?」


 見なくてもわかるほどにニヤケた村長の声。腹ただしいくはあるが、この奇妙な体験に心惹かれそれどころじゃない。酒の雑味も消えており、透き通るように抜ける香りが鼻いっぱいに広がっている。

 もう一度酒を口に含んでみる。

 やはり味が変わっている。悪くはない酒と思っていたが、これは悪くないな。


「気に入ってくれたようで良かった」

「……いやこれは、旨いですね」

「そうだろうそうだろう」


 いい酒があれば会話が弾む、これは酒飲み特有の感覚だろう。

 今になって僕は村人達を必要以上に警戒していたんだな、と思うほどに口が滑らかになった。どこか凝るような感覚もどこかに消え失せ、単純に好奇心だけで質問を投げかけるようになっている。

 この酒の味が変わったのは気持ち悪いこれのおかげか、村長はその見た目で本当に村長なのか、余所者だからってあの視線はきつかった……きっと酔ってもいるのだろう、口が軽くなっている。


(ダンジョンのこととか魔族だってポロっと言わないようにしないとな……)


 僕は締まりきらない気持ちを正しつつ、酒と料理と会話を楽しんだ。

 どうやら思っていたよりも異世界の食事情は豊からしい。これで前世のと似た料理があれば言うことはなさそうだ。

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