第56話「宴だけど洗礼」
「ったく、これぐらいでピィピィ言うなヒヨっ子」
そんな"申し訳ない感"を出しながら言われても説得力ないぞ。離してくれたのはありがたいが、軽く首投げするようにやったのはマイナスポイントだ。こちとら死ぬかと思ったんだぞ、社会的に。僕はそう思いつつも脳内で悪態をついていると、さすがに軽く咳き込む様に思うところがあったのか、村長は軽く謝ってくれた……ほんのり表情だけで。
そしてそんな素振りが嘘だったかのように雰囲気をガラリと変え、村人達に僕を大仰に紹介しだした。
「聞いてくれ。ここで咳き込んでる”もやしっ子”が今日の主賓だ、少しばかり村に泊めることになった。名前は、えーと何て言うんだ?」
「シンジだ」
「シンジ殿だ、良くしてやってくれーーとまあ話はここまでだ、今日は目一杯楽しんでくれ!!」
村長がそう見得を切ると、村人達は思い思いのままに騒ぎだした。その様は輩とか盗賊のようで、前世から苦手としてきた僕からすると引いてしまうレベルだ。
「おいシンジ、まずは駆けつけ一杯」
村長はそう言いながら、いつの間にか手にしていた盃を寄越してくる。
(駆けつけ一杯って、こちらは別に遅れてはいないんだが……)
僕はモヤモヤしながら木製の器を受け取り、口を湿らせるように少しだけ杯を傾けた。
雑味が多いが度数の強い酒だ、蒸留している品なのか喉を焼けるように通り過ぎていく。味の方は不味くはないが単体では飽きがくる感じだ。香りは保存している樽かなにかものを感じさせる、スモーク感のある木材のような何かーーというか当てが欲しい。
「おい、そんなとこに立ってないでこっち座れ」
これは至れり尽くせり。
村長が料理の置いてある席へと案内してくれた。異世界の風習は分からないが、おそらく上座なのだろう。他の村人達が車座しているとことは少し違っていた。
「ほれ、これが良く合う」
これはありがたい。村長が干し肉などの乾き物を勧めてくれた。
しかし前世では見たことがない品も多いのが気になる。予想が正しければナッツ類や煮込み系の料理も見えるが、色が着色料たっぷりのような原色カラーの素材もちらほら。これを口に含むには勇気がいる、そう思わせるほど食欲を奪うような鮮やかな寒色だった。
「毒なんて入ってないから安心しろ、ほれほれ沢山食わんと大きくなれんぞ」
そんなことは疑っていないが、口にされると変に考えてしまうから止めて欲しい。そして甲斐甲斐しく料理を取り分けないでくれ。その取り分けているお椀は僕に渡すのか? なら寒色素材をたっぷり盛らないでくれ。
村長曰く、このあたりの特産品で大変美味しいらしい。そして他所では珍味として高く取引されているから得したな、と。そんなこと言っても僕は騙されないぞ、その妙に微笑ましいという表情はきっと楽しんでいる。何が「騙されたと思って」だ、僕がどれだけ前世でも今世でも悪魔のような言葉にやられたか。
でも……
(っう、匂いはものすごく食欲をそそる。全く違うのにカレーといい勝負しそうな脳を刺激する香りだ)
僕は慈愛に溢れる巨漢に抵抗できず、山盛りとなった取り皿を受け取ってしまう。
これが異文化コミュニケーションの壁か……相手の厚意を無下にしてしまっては礼儀知らず、不興を買ってしまうかもしれない。そうなれば取引にも影響が出るかもしれない。
(くそっ、善意がこれほど恐ろしいものだとは……)
僕は意の決して木製のレンゲを手に取り料理をすくう。
だがその決意も容易く揺らいでしまう。レンゲに収まっているのはホルモンに似た濃い寒色系の何かだったから。ものすごくプルプルでプヨプヨしている。照りも素晴らしくあって食欲を削る。良く見れば油が虹色に輝いているし、まるで海に流れた燃料みたいだな。全くもって異世界ってすげぇや。
「お客人、見た目は悪いが絶品だぞぉお!!」
「誰もが通る道だが、慣れたら癖になるんだこれが」
村人達も注目しないでくれ、期待に満ちた目にならないでくれ。ますます引けなくなる。
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