第41話「少しの前進」

 僕の質問に男は口を固く結び、険しい顔を作った。微かに唸り声も聞こえるので、言葉を整理しているのか……それとも。


(このまま永遠に喋らないのは困るが、考える時間は得られているので良しとしようーー)

「……あんたは貴族となにか関係があるのか?」

「どこの貴族とも関係はない」

「じゃあ何で邪魔した?」

「邪魔?」


 何を熱くなっているんだ。そこまで深く踏み込んでしまったのか……? 


「そうだ、あのまま上手くいっていれば俺たちはもっと、人生がうまくいったはずなんだ。クソ貴族に一泡吹かしてやれたはずなんだ。なのに何で、関係もないお前が邪魔したんだ」


 どうしよう何か言うべきか。いや、そもそも何かを言ってどうにかなるのか?

 自問自答に意識が向く。その一瞬で僕は返答する機会を失った。


「しかも足を、俺の足を切り飛ばしやがって。何か恨みがあるのか、俺の人生を壊すほどお前は偉いのか。俺はゴミなのか!!」


 これは……論理が破綻しているように見える。きっと下手に答えたら火に油を注ぐ。ここは聞くに徹しよう。


「答えろよ、こんなゴミには答えたくないってか? 俺だって好きでこんなんなっちゃいねえ!! 俺だって、俺だってなあ、まともに生きられるものなら生きていたいさ!! でももう戻れやしねえ、足も失っちまった……」


 男の言葉がしぼんでいく、ひとまずは言いたいことを終えたのだろう。何か言葉をかけるなら今だ。


「戻りたいのか?」

「……切り飛ばした奴が何言ってやがる」

「確かにそう思うな、お前がこうしたんだろうって」

「そうだ、お前のせいで戻りたくても戻れないんだよ。戻れたって足が無いんじゃ、まともに生きていける訳がねえ。責任とりやがれクソ野郎」

「責任はとる。その足を治す金も機会も用意する、まともに生きていける職も」

「……信じられねえな」


 男は疑うような声色でこちらを見る。未だその瞳に信頼の文字はないが、激昂している状態は脱したようだ。


「それはそうさ、お互い何も知らないんだから。でも僕は信じて欲しいと思っている」

「……じゃあ教えてもらおうか」

「わかった、何を知りたい?」

「信じて欲しいならそれに足る根拠、待遇を」


 よし、先ほどよりも距離感は近く感じる。こちらのことに関して多少肯定的になっているようだ。


「(失敗はできない、何から説明したものか……)ではまず待遇について話そう」

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