第38話「前途多難」

「俺はオネフットだ、あんたは?」

「シンジだ」


 これは想定外、まさか名乗りからとは思わなかった。普通もっと他にあるんじゃないのかーーいや、でもこの感覚も僕個人の意見だ。相手の感性を不定する材料にしてはいけない、今は彼に合わせ少しでも距離を縮めよう。傾聴力を上げるんだ、相手の価値観を否定してはいけない。それが交渉成功への第一歩となるんだ。


「なあシンジダさん」


 だがしかしそれは許せねえ間違いだ。ストレスになりうるもの、感情のトリガーになりかねないものは早めに潰す。


「シンジ、だ」


 僕はなるべく圧をかけないように答えたが、どう受け取るかは相手次第。少しの後悔が湧き出るが振り払うしかないが……まあ、そうなるわな。

 広がっていく沈黙。重たい空気をどうするべきか、今回はリカバーするべきかもしれない。気にしてないことは明言しておこう。


「いいって」


 良くはないが良いんだ気にするな。相手にはできるだけ気持ちよく話をしている感覚を得てほしい。その感覚が貯まっていけば、それは潤滑油になる。口が滑りやすくなるはずだ。

 しかし望み虚しく会話が止まってしまう。出鼻を挫いてしまったのがいけなかったのだろうか。いやでもしかし、名前を間違って呼ばれ続けるのは地味にくる。それに後々発覚した時に気持ち悪くなるかもしれない。これは失敗なんかじゃない……落ち着け、ここは死んだような空気にしないために笑顔を心がけよう。引きつらせないように自然に笑みを浮かべるんだ……

 そしてそんな努力が実ったのか、男が話しかけてきた。


「なあシンジさん」

「なんだ?」

「俺の足を切り飛ばしたのは、あんたなんだろう?」


 射抜くような視線を向けられる。

 ここで来たか、避けられない質問。流れは悪くなるが仕方ない、ごまかすのは論外だ。ここは認めて誠実に対応すべきだ。


「そうだ」


 きちんと相手の目を見て答えるも、それに対する返答はない。

 男は僕の目の奥底を覗くように視線を絡ませ、無くした方の足をさすりだす。衣擦れの音が鮮明に聞こえるほど静かに、ただただ空気が張り詰めていく。


(流れが悪すぎる気がする。これは何かしらのテコ入れが必要か……? でもどうする、考えがまとまらない。焦ってるな、どうしよう……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る