元NPC達の能力
………あれ?
立木は何の変化もなく、そこにあり、俺の腕にも木を切りつけた手ごたえは無かった。
やっべ、格好つけておいて空ぶった。
右手を振りぬいた姿勢のまま、そっと目だけで周囲を見回す。
トムスがポカンと、口をあけ目を見開いて固まっていたが、ゆっくりと口が閉じ、右手が上がって、額を抑えながら小さく首を振った。
俺は自分の顔が熱を持ち、一方で背中からダラダラと汗が流れるのを感じる。
ジェシカを目で探す。
…いた。
ジェシカは、いくつかの石を手に持ち、それらの模様を見比べている振りをしていた。
『私は何も見ていませんよ』というポーズのようだ。
くそ、汗が目に入ったのか、ぼやけて前が見えなくなってきた。
俺は前髪をかき上げるふりをして、目に溜まった汗をぬぐう。
「ま、まあ何だ、その…」
トムスが口を開くが、何を言えばいいのかと、迷っている。
ジェシカは、見比べていた石の格付けが済んだのか、持っていた石のいくつかを、ぽいっとすてた。
ジェシカが捨てた石が、近くにあった棒きれに当たり、棒きれが跳ね上がり、棒によって絶妙なバランスを保っていた瓦礫が崩れて、振動が地面を伝う。
ファサ…バサバサバサバサ…バキバキ、ドーン!
初めは枝が軽く揺れる音。
しだいにそれが大きくなり、幹が折れる音に続いて、倒れて地を打つ音が響き渡った。
俺は立木を二度見して固まった。
ジェシカとトムスも似たようなものだ。
「ふ、ふふふふ、ふはーはっは」
思わず笑い声がこぼれる。
やった、空振りじゃなかったぞ!恥かかなくて済んだだけで、めっちゃうれしい。
「驚いた、木を切りつけた音もなかったのに、幹のほとんどが切れているじゃないか」
「ほんと、凄いわね。てっきり空振りしたと思ったのに、びっくりだわ」
見れば俺が切りつけた反対側が『皮一枚残った』と言う感じで、かろうじて倒れずにいたようだ。
「ちょっと俺にもやらせてもらって良いか」
「ああ、やってみてくれ」
トムスが燃える槍を構えて、立木の残った部分を切りつける。
「おお、凄い切れ味だ」
興奮したトムスの声につられ、彼の背後から立ち木を覗き込めば、槍は立木に深々と刺さっていた。
だが、ほぼ切り落とした俺に比べて、刃先が埋まる程度と言うのはどうなのだろう。
体格的に、トムスの方が切りそうに思えるが…。
よし、トムスを鑑定してみよう。
【名前 トムス】
【種族 人族】
【年齢 29歳】
【状態 健康】
【職業 精肉店店主】
【スキル 解体3 刀術3】
【固有スキル 】
あ、髭のおっさんと思ったら、まだ20代だった。
西洋人は老けて見えるね。
解体3は流石肉屋というところだな。そして何故か持っている刀術3。本人は戦えないと言っていたし、このスキルは知らないのか?
ついでにジェシカも見ておくか。
【名前 ジェシカ】
【種族 人族】
【年齢 18歳】
【状態 疲労(小)】
【職業 料理人】
【スキル 解体1 料理2 刺突2】
【固有スキル 】
ジェシカも解体があるか、まあ肉を扱う店やっていたみたいだし、あって不思議でもないか。
問題は刺突と言うスキルだけど、これは何だ?
俺はナイフを取り出し、エンチャントをかける。
手元近くで炎が上がっているけど熱くないのは、魔法だからなんだろうな。
「トムスさん、これでもう一度切ってみてくれないか」
「切る?」
「普段何か刃物を使っているでしょ、それと同じようにやってみてもらえませんか」
「わかった、やってみよう」
トムスは切り倒した木を左手で抑え、ナイフを木に当てると、そこから一気に切り裂いた。
トムスの目が見開かれ、一瞬動きが止まったが、そのまま幹の終端まで切り進み、更に切り始め辺りを切断した。
そして完全な開き状態の断面を晒す木を両手に持って、トムスが振り返る。
「こんな風に切れた」
そういうトムスは、自分のしたことなのに、信じられないという顔だ。
「トムスさんには、刀術というスキルがあります。叩き切るような剣ではなく、鋭い刃物を使えば、魔物相手でも戦えると思いますよ」
「本当か! 俺でも戦えるなら、もう魔物に怯えずに暮らせる」
「ジェシカは、これを木に刺してみて」
「これ?まあ先っちょぐらいは刺さるかな」
オークに折られた槍の先の部分を渡して、木に刺すよう指示する。
「普段、何かを刺しているだろ、そんな感じでやってみて」
「刺しているって、人聞きの悪い事言わないでよ」
文句を言いつつも、ジェシカが槍で切り株を突く。
ダン!
そんな感じの音を立てて、穂先が根元近くまで刺さった。
「うそでしょ」
ジェシカの困惑がつぶやきとなって漏れた。
「ジェシカには刺突と言うスキルがある。たぶん串うちで得たスキルだと思うから、レイピアの様な、突き刺す武器や槍での突きなら、十分な攻撃力がある。戦闘をこなして武器スキルを得られれば、突く以外の事もできるようになるかもよ」
「もしかして、皆何かスキルがあるのか? それなら皆戦える…」
「どうかしら? 程度の差はあっても結局は、覚悟の問題じゃないかしら。私だって、戦えないと思っていても、野草を採りに外へ出ていたし、トムスさんやベンさん、それと兄さんも必要があれば命がけで外に出たけど、今地下の奥に引きこもっている人たちの大半は、私たちに養わながら何もせず、現状への不満を言うだけよ。果たして自分から動く人が何人いるかしら」
「う、うむ。言われてみるとその通りだが…」
二人は難しい顔で黙り込んでしまった。
明確な敵が居て、敵との戦いが生存に不可欠と言うのは、日本の自然災害による被災とはまた違うからなあ。正直言って、俺には口出しできるほどの知識や経験は無いから、彼らの決定に任せるしかない。
そんな事を考えていると、小屋の方から俺たちを呼ぶ声がした。
「おーい、ベンの奴が目を覚ましたぞ」
「わかった、すぐ行く」
よかった、これで一旦仕切り直せるぞ。
話を打ち切った俺たちは、リックに連れられベンの元へと移動した。
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