生存者たち 治療

「ここは?」


目が覚めると俺は、薄暗い空間に寝かされていた。


「気が付いたみたいね。ここは地下下水路の入り口になっている小屋の中よ」

「ワタル殿と言ったか、ジェシカとリックを助けてくれた上、ここの入り口も破られずに済んだ、全部ワタル殿のおかげた、本当にありがとう」


ジェシカの背後から現れた、口ひげを生やした30半ばのおっさんが、そう言って頭を下げてきた。


「あ、いや、そんな特別なことではありませので、頭を上げてください。ジェシカたちとは出会って間もないけど、自分としても、この町で生きるからには、仲間が必要なわけで、そうなると助けるのは、極当たり前の行動ですよ、特別な事ではありません。…ところで貴方は?」

「自己紹介が遅れたな、俺はトムスといって肉屋をしていた。屋台で串肉を売っていたジェシカは、なじみのお客でな。話を聞いて礼を言いに来たという訳さ」

「そうでしたか、既に聞いていると思いますが、自分は航と言います。この町には今日来たばかりの…なんていうか、迷い人かな」


ジェシカに目線を送ると、ほんの少しだけ顔が左右揺れたが、あえて意味深な表現をしてみた。

俺が生き返ることが分かれば、遅かれ早かればれる事なので、変に誤魔化しても、後で心証が悪くなるだけと思っての判断だった。


「そうか、迷い人か。このタイミングで迷い込んでくれて、ありがたい限りだな」

「それはどうも」


さて、そろそろ話を進めたいが、なんか急に話題を変えるのもアレだけど、どうしようかな。


「そろそろ話を進めさせてもらっても良いかしら?」


良いぞジェシカ、ナイスアシストだ。


「おお、すまんなジェシカ、俺がワタル殿を独り占めしてしまったな。よし、俺はオーク肉をさばいてくるよ」

「そんなんじゃないわよ」


トムスは、それじゃあまたと言って、外へ出ていった。


「オークって、さっきのあれか? 鑑定では美味いと書いてあったが、人食い豚を食うのか?」


血肉になってしまえば、何を食べていたとか関係ないという見方もあるが、俺的にはちょっとなあ。

と、そんな風に思ったのだが。


「オークは草食なので、人は食べないわよ」


ジェシカが予想外の事を言ってきた。


「食べないのか?なら、何で人を襲うんだ」

「理由はわからないけど、あいつら普段芋とか食べているのよ。実は前に襲われて亡くなった人も居るんだけど、放置されていた遺体には、殴られた以外の傷は無かったわ」

「ゴブリンとは食性が違うのか。そうすると、単純に縄張り争いの様な感じか」

「その可能性はあるわ。って、それは後で良いでしょ、貴方にはベンにあって欲しいのよ」

「そうだったな。案内してくれ」


松明の明かりを頼りに、水路脇の道を進む。下水と言うので汚く臭いイメージだったが、歩いた限りでは、それほどひどくは無かった。下水路に隠れ潜んでいるという話から、Gの徘徊する劣悪な環境を想像していたが、杞憂だったようで胸をなでおろす。もしかすると設定上は下水でも、地上の建物にあるトイレなどとは、つながっていないのかもしれない。

そうして歩いていくと、ジェシカが1枚の扉の前で足を止めた。


「ここよ」


ジェシカが先導して扉を開けて室内へと入る。

中はやはり狭く、何のために作られたかもよくわからない部屋の中に、一人の男と付き添いらしき女性が居た。二人とも40歳手前という感じに見えるが、西洋人的な外見に加えて疲労の色が濃いため、実際の年齢はもう少し若いかもしれない。


「ベンさん、ワタルを連れてきたわ」


しかし、ベンと呼ばれた男は寝ているらしく、部屋に敷かれた布の上横になり、反応はない。


「主人は熱が出て、今は寝ているの。ねえジェシカ、本当に治療ができるの?」


付き添いの女性が、俺をチラチラ見ながらジェシカへと問いかける。その表情は不安の中にもすがるような期待の色が見えた。


「大丈夫…よね?」


ジェシカが確認するように、俺へと問いかけてくるが、正直言って俺が想像していたより状態が悪そうなので、安請け合いはやめて欲しい。


「とりあえず、傷を見せてもらえるか」


ベンの怪我は太ももに裂傷があり、当て布の変色と少し嫌な臭いから推測して、傷が化膿したことによる発熱なのだろう。


化膿という事は、傷口で細菌が発生しているわけだよな。

細菌は毒消しで消せるのかな? 回復魔法も、間違って細菌を回復してしまったら、ベンの状態がさらに悪化するのだろうか。


「…回復魔法をかける前に、傷口を少し削りたい。きれいな水と清潔な布はあるか」


「水は沸騰させた物でよければあるわ、布はあまり良い物がないわ」

「そうか、それじゃあ水の用意頼む。布は俺の持ち物を使うよ」


俺はバッグから修道服(女)を取り出し、スカートの裾をナイフで切っていく。


「なんで、そんな服を持っているのよ」

「教会にあった服だよ。特に使い道は考えていなかったけど、持っていれば何かの役に立つと思って、持っていた」


ジェシカが、俺をジト目で睨んできたけど、俺にやましい事はないぞ。


ベンの奥さん(リタと言うらしい)が、持ってきたお湯が冷めるのを待って、俺は初期装備のナイフで、ベンの傷にこびりついた血や膿を剥がしていく。慎重にやってはいるが、それでも時折ベンからうめき声が漏れる。痛みに対して反応があるという事は、まだ危険な状態ではないと思いたい。

傷を絞って膿を押し出してから、水で流して傷に初級毒消し薬を少しかけると、傷口から奇妙な泡が立った。


「これは、どういう状態?」

「毒消しをかけて泡が立ったのだから、毒が消えているという事じゃないかな」


追加で少量の毒消し薬をかけたけど、泡は僅かに出ただけだったので、毒が消えたという事かもしれない。


「毒はひとまずこれで大丈夫だろう。次は回復だな、万能なるマナよ、その清く温かな力をもって、倒れし者の傷を癒せ。ヒール」


ベンの体が淡く光り、傷が見る間に回復していく。


「熱も下がったようです。主人を助けていただき本当にありがとうございます。今は何のお礼もできなくて心苦しいのですが、私たち夫婦でお役に立てることがあれば、何でも言ってください」


ベンの額に手を当てた奥さんが、明るい表情で感謝の言葉を告げてきた。

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